2006年10月2日 (月)

Magazine348:高校生活指導170号

 高生研編、青木書店、1200円と税金。

 雑誌の構成がかなりはっきりした構成となった、と思った。三つで構成されている。一つは、生徒会の実践とその検討。二つめは、教師のストレスと対処法。三つは、生活指導教師の技術。その他にコラム的な記事もあるが、まあ、三つ。

 ひとつめの生徒会が地域とつながっていく実践が並ぶ。一つは鉄道の廃止問題、もう一つは高校統廃合問題。話題が共通する。どちらも地域の公共を切り下げる政策と連動しているからだろう。私の好みをいうと、鈴木敏則の記録が生徒とのやり取りにおいて面白い。これは文章の書き方ということもあるだろうが、何を実践の課題にしているかの違いのような気がした。

 次の特集は、教師のストレスについてその専門家と教師の体験に基づく対処法が、原理的な話しも織り交ぜて記されている。これは好みの問題もあるので感想はパス。

 三つ目が、高校生との学級での遊びなどが紹介されている。

 教師の日常実践と議論に距離があると感じることがあったので、その距離を縮めた感じがする170号。ただ、まだなんか変えることができそうな気がする。(2006.09.28)


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Magazine347:格差社会

 橘木俊詔、岩波書店、700円と税金。

 経済学会会長なんだそうだ。近代経済学の見地から、現在の日本社会の格差の様相を示し、それへの処方箋をいくつか提出している。

 本書は、小泉が「格差社会のどこが悪い」と居直った発言をしたことについて、それはやっぱり悪いんだ、不健全な社会なんだということを、収入の格差、就職の格差、治療の格差、地域間格差などの数値をあげながら示す。特に、格差が拡大している傾向を示す。例えば、アメリカのニューオリンズでハリケーンで亡くなった人の多くが避難手段を持たなかった貧困層がその多くを占めていたことなどを挙げて、それは不平等でそうなってはよくないだろうといい、それと同じことが日本に既にあるよと言う。

 さらに、この現状は、国際的に見てもアメリカなどと並ぶ格差社会となっていることを示していく。ブログの方に書いたように、日本は金持ちは税金を納めず、貧しいものからも税金を取る仕組みとなっていること、などを丹念に示していく。

 そういう意味では、つまり、格差社会かどうかをデータ的に確認したり、現在の格差社会にまつわるイデオロギー状況を検証するにはコンパクトな本と言えるだろう。

 ただし、橘木は、この格差社会を根源的に否定しているわけではない。競争社会も認める立場にある。格差が拡大しすぎた現状を批判しているに過ぎない。だから、個人所得税の累進課税の最大が37%にまで低下して金持ち優遇となっていることを批判はするが、50%ぐらいまでにあげるという処方箋に留まるし、法人税についての議論は取り上げない。また、消費税の大幅アップ(食料や教育には低い税率というが)を主張することになっている。そういう意味では、中程度のサイズの政府論であり、小泉や安倍政権の方向に否定的で、民主党の小さい政府論にも反対する中道派的な位置にいるのかなと読んだ。

 それでもともかく、「小さい政府からの脱却」を主張する点では一致できることも多い。データも使えると思う。(2006.09.26)


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Magazine346:「はたらく」を学ぶ

 法律家と教師で育てる法教育勉強会編、2006年。

 大阪高生研で検索するとヒットするかもしれない。教師と司法書士と弁護士で法教育とりわけ働くことを主たるフィールドとした実践構想集。以下は、これを読んだ私の簡単な感想。

 法教育は、直接には、裁判員制度の開始とともに広がりを見せている取
り組みである。
 多くの場合、弁護士会・司法書士会などが主導的な役割を果たしながらイベント的に市民と学校に関与していることが多い。これに対して、大阪・京都を中心としたこの取り組みは、教師と法律の専門家が継続的にそれぞれの役割を探求している点に特質がある。
 おそらく、両者の関わり方は多様にありうるだろうが、自分たちの都合を率直にぶつけ合っていくと、その多様な関係の仕方が発明されていくことになるように思われる。妙に遠慮したり、一方的に振りまわすとうまくいかなくなるように思われた。その微妙な関係をつなぐ基本は、生徒にとって何が必要な力かを絶えず中心において、取り上げる教材や授業の展開を考え続けることなのだと思う。
 この冊子には、「働くこと」「契約」「児童虐待」といった問題が取り上げられていたが、生徒にとっての必要を考えた結果なのだと思う。生徒が、今もしくはまもなく直面する問題を念頭に設定されているのであろう。日本の若者の抱える現実を身ながら、失業したらどうしたらいいのか、悪徳商法に引っ掛かったらという形で、授業をつくり出しているのだと思う。
 おそらく、個別の対処法を生徒は忘れていくだろう。しかし、対抗する世界で生きている人たちや仕組みもあることは残っていくだろう。いや、それさえも忘れてしまう生徒もいるかもしれない。だが、それを知っている人とのつながりがそこには生まれている。このつながりを通じて、道が開けるかもしれない。
 この間の失業や若者研究の結果によれば、途方に暮れた若者たちが、生きていく道を見つける最大の力は、友人・知人であることがわかっているからだ。とすれば、こうした法教育は、法の専門家と教師そして生徒たちが、多様に関係する世界を開くことに実はもう一つの意味があるように思われる。こうした取り組みがいっそう各地に広がることを期待したい。

(2006.09.25)


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Magazine345:ユリイカ9月号

 青土社、1238円と税金。

 特集は、理想の教科書。と言ってもこの雑誌だから、言語分野の理想の教科書が特集であって、全教科が対象というわけではない。二つの対談といくつかの論説で構成されている。一つ目は石原千秋と斉藤美奈子。この二人の対談は基本的に石原がいくつかの新書で述べていることを再度語っている。斉藤はジェンダー本を出しているけど、基本的には聞き役になっている。かなり思いつき的な発言が多いけれども、国語の教科書が道徳臭い内容で構成されていることなどには新書同様に賛同する。

 もう一つはインタビューとなっているけれど、石原と斉藤のものを対談と言うならば、さして違いはない。一応正確に言うと、谷川俊太郎に和合亮一がインタビューしている。こっちの谷川の主張の方が石原たちの議論より賛同することが多い。と言っても半分くらいか。谷川が教師に望むことは、どれくらい教科書に批判力を持っているかということと、教えるアイデアを持っているかということと言っているあたりや、国語の教科書に載っている作品が子どもの生活からかけ離れすぎていることを批判している辺りには賛同してしまった。他方、漢文や古典を強調している点は、論理的整合性という点からも疑問。

 議論は尽くされていないと思ったが、川村湊の中島敦が戦後の国語教科書に採用されていく事情はそうだったのかという感じ。また、山月記の読まれ方の流れを批判的に提出している点は面白かった。ただし最後の結論は意味不明。

 続く、佐藤泉の教科書教材とイデオロギーの時間的ズレに関わっての論考も読むに値する。けど、米光のはいいかな。上野千鶴子の散文もあるけど、特に興味深いとまでは言えないかもしれないが、資料提出と強制の間は微妙だと思われた。(2006.09.22)


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Magazine344:カミュ『よそもの』きみの友だち

 野崎歓、みすず書房、1500円と税金。

 異邦人という方が日本では馴染みだが、ここでは、その言葉のフランス語における日常の意味からここでは、「よそもの」となっている。私の場合、これも10代の頃に一度読んだだけだから、本書を読み進めながらそういえばそんなストーリーだったという不確かさを思い起こすことになった。当時、事実を見つめる文章には驚いた気がする。また、「関係ない」「どっちでもいい」という感じの対応には影響された気がする。ただ、突然、そのころはタイトルに惹かれて読んだので、それがアルジェリアが舞台で、ムルソーがフランス移民の貧しい階層に属するカミュの出身とダブっているなどということには思いも致さず読んでいた。今なら、ジダンのこともあるし、本文にも出てくるサイードによるカミュ批判も知っているから、その「よそもの」さをそうした植民地支配と重ねて読むことになるに違いない。

 しかし、野崎は、そうしたサイードの批判の方向とは異なる読みを提出していく。一つは、フランスの植民地支配をそのままカミュが肯定していなかったからこそ、ムルソーはアラブ人をさしたる理由もなく殺さねばならなかったのだと読み、作品最後の場面の司祭とムルソーのやり取りを取り上げて無意味な生の啓示と生への愛とのバランスだったと読んでいく。そうなのかもしれないと思いながらも、サイードの批判はやはり当たっていると思っている。

(2006.09.20)


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Magazine343:経済10月号

 新日本出版社、933円と税金。

 青年と現代社会が特集。田中なお論文が、フリーターと日本社会ということで労働政策を中心にコンパクト。この論文に使われている図表が使いやすいかもしれないと言うことで購入。年収と結婚率や就業形態の経年比率などが並んでいる。

 中西新太郎のインタビューは特に目新しい意見を聞くことができなかったが、後に続く座談会と共に読んでおくことはエネルギーにとって必要。

 一番私にとって印象深い論文は、都留民子の「失業とは何か」であった。大牟田での聞き取り調査を土台に、現代における失業の中身を浮かび上がらせている。すなわち、雇用と無業の経歴、健康と家族などの有り様を描き出す。そこでは、生活保護が申請できないような仕組みの存在がリアルに語られている。印象深いのが、失業し求職活動の中で捨てられる順番についての指摘である。まず、仕事のやりがい、次に業種と職種、次が雇用形態、最後が収入だと。

 これに対して、現行では、失業した場合、求職行動へと駆り立てる仕組みができあがっているが、それが、求職意欲を失わせる仕組みともなっていることを明らかにしている。現在の雇用対策760億の使い方は間違っているものが多いのかもしれない。

(2006.09.16)


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Magazine342:日本歴史700号

 日本歴史学会編、2006年9月号、吉川弘文館、952円と税金。

 700号記念ということで、日本史の論点・争点が特集。こういう特集号は買っておくと大変便利。学会の機関誌でこうした特集の場合、主な議論や主要な対立点をそれなりに整理してくれていることが期待される。また、比較的最近の議論も紹介される確率が高い。そして、商業雑誌や総合紙と違って、学会の傾向はあるとしても信頼度より高いと想定される。

 15のテーマが掲げられている。邪馬台国論争、英雄時代論争、大化の改新論、富豪「層」論、平安中後期国家論、統治権的支配、中世一揆論、伝・頼朝像論、洛中洛外図屏風、近世村落社会論、身分的周縁論、自由民権論、産業革命論、大正デモクラシー論、ファッシズム論、である。他に取り上げていいと思われる点もあるが、分量からいって限界だし、一般の関心にも配慮した選択だ。

 中には、そのテーマ設定は今では枠組みが違っちゃっているよ、別な研究方向へ展開しているよという整理もある。大正デモクラシー論がそれだ。また、説明が枠組みの用語の羅列みたいなものもあるが、短い中での論点紹介だからやむを得ないというべきか、10人に向けて書いているというべきか、そこは意見が別れるかもしれない。それでも業界関連の人はこの本を買っとくべきだろう。(2006.09.14)


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Magazine341:戦争で死ぬ、ということ

 島本慈子、岩波書店、740円と税金。

 戦争で死を間近で見た人々の証言、そしてインタビューで構成された本である。

 出だしは、手塚治虫の証言。これには多少の思い入れが私にはある。手塚が亡くなる1年にも満たない頃に講演を聴いたことがあること、さらに、アドルフに告ぐを全巻持っていることによる(ただし、その中の1巻だけは学生に貸したままになっている)。ともかく、その時の手塚の語り口と本書の語り口がよく似ている。手塚の資料を基にしているからといえばそうなんだが、それだけでない気がしたのである。

 その他、小田実、城山三郎、むのたけじ等といった著名人の証言だけでなく、無名の人々の声をも再録されていて生々しい。戦争への道をこの9月にまた一歩何のことなく上がりそうな今、読んでおくに値する本だと思う。証言を聞き直して確認していく様がいい。

 これを読んで知ったことの一つに、新型爆弾待望論がそれを研究として進めていた一部の人にではなくて、一般に存在したということである。そうした情報が、1944年12月19日付けの三大新聞にのっており、その論理を次のようにいう。新型爆弾情報が世間に存在したとすれば、アメリカが原子爆弾をいきなり使用したという認識はまちがいということになり、「無知でイノセントな国民」という設定は崩れると。そして、そうした待望論が登場するのは、戦争の中ではそうした狂気が生まれてしまうものなのだ捉えていく。多くの人の証言も、戦争の中でそうした狂気が生まれ、増幅されていく言っている。戦争で死ぬと言うことは、そうした狂気に巻き込まれていくことなのだということを積み重ねていく。

 これはお薦めの一冊。(2006.09.11)


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Magazine340:人文学と批評の使命

 サイード、岩波書店、1900円と税金。

 人文学(ここでは、文学とその批評あるいは文学理論と置き換えてもいい意味で使用されているようだ)と人文主義あるいは新人文主義を区別し、文学をそれが書かれた状況を探りながら読むことを強調してみたり、結構辛口に始まる。しかし、本論は、文学の古典を本質主義化することへの批判がその中心に置かれていた。古典を古典のその神秘と奥義において読めという主張を批判することがその一つの力点であった。つまり、文学は政治と関係ないとか、社会と関係ないとかいう議論の間違いを古典に論及しながら書かれている。

 そうではなくて、古典もその読みは現代に開かれているのだという。とはいえ、現代に開かれているということの意味は深められねばならない。読み研の年報に書いた問題意識との継続性があってこの本を手にした。つまり、サイードの意見を聞いてみたかったのである。

(2006.09.09)


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Magazine339:民主教育研究所年報2006

 民主教育研究所編、1800円。

 今号は、私の分野に関わる論文がいくつかあって興味深い。

 一つは、1970年代からの子どもと教育実践を総括するような特集がある。この中の奥平論文が目を引いた。この時代は教育に関わり始めた時期でもあり意識がある。だから、通常の論文だと面白さを感じないのだが、読み続けることができてしまった。宮盛の学習権をめぐる論考も興味深いが、国民の教育権論復権論に見えるわけだが、西原の教育観が固定的であったとしてもその国民の教育権論批判を覆す議論には直結しないように思われた。片岡の山崎実践分析は、たぶん山崎実践が権威的性格を持っていたために子どもが荒れたのではないか、そのことを明確に掴むべきだろうという批判なのだと思う。

 レイブとウエンガーの緒論を検討した坂元論文も検討に値する。ということでこれはお勧めの本。(2006.09.04)


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