2007年2月1日 (木)
| Magazine388:歴史地理教育2月号 |
歴史教育者協議会編集・発行、648円と税金。 今回は、江戸時代の天皇と公家が特集で、実質的にはインタビューで記されている。だから、歴史学の話しだが、想定よりは読みやすい。伝統が持ち出され、その根底に天皇のことがあるから、江戸期の天皇の実像を知っておくことには意義がある。ただし、持ち出された話がその意義とどう結びつくかについてはもう一工夫があって良いかもしれない。 実践記録が今回は、概要だけでないものが掲載された。継続的に掲載されることを期待したいと思う。三橋さんの文章は、内容に入り込む手前まできて止めた感じ。本の紹介が主旨だから仕方ないかもしれないけど、もう少し読みたかった。 関係ないけど、白鳥さんが3月で定年とは知らなかった。お疲れ様でした。(2007,01,30) |
| Magazine387:経済データの読み方 |
鈴木正俊、岩波書店、780円と税金。 経済データのその数値の基本的意味と陥りがちな間違ったもしくは誤解しそうな解釈について簡潔に示した用語集。新しいデータも図表化されているので、高校の公民分野の問題文や解説書として使える。判断の分かれる意見もそれなりに示してあるから教育に使いやすい。 ただし、やはり貯蓄率の低下については高齢化を第一原因としてしばしば記述しているが、経済・給与動向については触れないなどそれなりのバイアスはあるかもしれない。 数値で私が知った中で印象深いのは、その世帯毎の貯蓄額。平均だと1728万円だが、一番多い額は、実は200万未満となるというデータ。実感に近い。(2007.01.24) |
| Magazine386:πの歴史 |
ペートル・ベックマン、筑摩書房、1200円と税金。 歴史学者でも数学者でもない著者が、そうであるが故に公平でもないし、無意味な数式の羅列でもない本を書いたと始まる。たしかに、この人、ナチスドイツと反共らしいし、ヒンズー教嫌いらしい。そういうバイアスはいっぱいあるけれど、πという係数の発見と、その係数をいくつと見てきたかの話しが古代文明の時代から現代まで(現代といっても1970年代初めまでだ。だからπの計算が50万桁の時代までだ。)記されている。 平面と考えられる場所で縄で円を描き、その周囲の溝に縄をおいて円周率を出していた時代、πが256÷81であった時代、3と8分の1であった時代、円に内接する多角形の一辺の長さを計算することで円周率をだそうとしていた時代、ニュートンの積分を使ったπの計算、そしてオイラーへと続く。 小学校で円の面積を導き出すときに使われる手法、つまり、丸いケーキをショートケーキのように切って長方形に直して計算するあれですが、実は、レオナルド・ダ・ヴィンチも使っていた手法らしい。こんな風にいろんなπが長く続いてきたのに、つまり、だいたい3の時代もあったし、小数点以下10桁以上の意味は実際上は無意味だということがこの本には書かれているのだが、訳者あとがきでは、学習指導要領の所為で3などという「聖書の時代に戻そうとでもいうのだろうか」と嘆きが書いてあったりする。私の観点から可笑しいと思われることが書いてある。訳者がどんな人か知らないが、学習指導要領を読まずにこのあとがきは書いたようだ。 これまでもいろんなπがあったし、これからもある。何より、πをだす手法がいっぱいあることを知ることができたし、子どもたちがその手法のいくつかを発見しているのだということを知ることができた。子どもに詳しく説明したら嫌われるだろうけれど、ダ・ヴィンチやアルキメデスと同じことを考えているとか、同じように間違っているというときっと面白がられるに違いない。(2007.01.22) |
| Magazine385:世界2月号 |
岩波書店、743円と税金。 「教師は何に追いつめられているか」が特集。だから買って読んでみた。文章としていいなと思ったのは、免許更新制の問題点を列挙した佐久間亜紀のもの。次に、民族主義歴史教育を越える方向として「市民的民族主義」という原理的に考えると矛盾しそうな話しをしている善元幸夫の文章。他の文章は、私への刺激としては今ひとつ。特集に入らないらしいけど、浅野と寺脇の対談を見ると、やっぱり二人のひどさがわかる。 松原芳博の犯罪と刑罰の文章は面白かったし、何より、澤地久枝と佐高信の五味川純平の人間の条件をめぐる対談は、私が知らなかったことが多い故ばかりでなく、人を単純に割り切らない掴み方が各所に見えて興味深かった。 この雑誌と直接関係ないけれど、岩波新書は書店における位置を低下させている。雑誌の世界が一般書店から消えだしたのはずっと前からだけれど、近年の新書ブームの中で、新書の草分けというかトップランナーだった岩波は、今やトップではない。中公新書、ちくま新書、光文社新書、集英社新書、平凡社新書、朝日新書などとならぶ一つにすぎない。書店にしめる量もそうなっている。私はいいことだと本当に一面でそう思う。私が読みたいと思う新書の発刊内容からすると、中公新書やちくま新書に最近は及ばない内容となっている。けれども、それでもまだ3番目くらいには位置している。 (2007.01.18) |
| Magazine384:平和教育71 |
日本平和教育研究協議会編集:発行、1000円。 消費税の無い好い雑誌。内容で私が面白かったのは、佐藤広美の長田新と大江健三郎に言及した文章。そして、城丸章夫の教育勅語に関する論文。さらに、三輪定宣のユネスコの「21世紀に向けての高等教育世界宣言」と日本政府の対応に関する文章。 手堅い平和教育実践が数本紹介されているし、長年平和教育に取り組んできた人のエッセイも掲載されている。 城丸が教育勅語について、天皇も臣民と心を一つにしていくことをこいねがうという文言があるが、帝国憲法では天皇は神聖にして不可侵と三条にあることから、天皇は道徳的に責任を問われることのない無責任な存在であること、人間社会のあらゆる事柄に関する徳目を教育勅語は列挙したのではなく、国民に守らせたいことだけを並べたものにすぎないこと、庶民はもっと多様で豊かな徳をこれまでにもつくりだしてきたことなどを書いている。 三輪のものも短いが、高等教育の無償の原則を批准していないのは、加盟国の中で、ルワンダとマダガスカルと日本だけということなどを簡潔に記している。(2007.01.16) |
| Magazine383:脱「格差社会」への戦略 |
神野直彦・宮本太郎編、岩波書店、1600円と税金。 日本的な意味のリベラル派を中心にした雑誌「世界」グループのタイトルに関する現状分析と政策的提言集。与党の格差社会肯定論を批判する形で、言説研究というよりは政策提言を基本に据えているという点で吟味に値する論文集。 個人的には橋本論文と最初の対談が面白かったのですが、これは過去に何を読んだかに規定されての感想。格差社会是正策として税制が中心となっているので、年が明けてからの経団連や与党の論調にだまされないためにも見ておく価値はあるでしょ。(2007.01.14) |
| Magazine382:現代思想12月号 |
青土社、1238円と税金。 もう、1月号が並んでしまったが、読んだのはつい先日。特集は、「自立を強いられる社会」となっていて、いわゆる若者、精神病者、障碍者などなどの近年の位置づけられ方などについて、その現場からの声と共に、関連専門研究者の分析が並ぶ。 立岩が巻頭を飾り、若者への公的支出をムダな税金の投入とする考え方などを批判的にその論理の問題点を洗い出している。例えば、ムダだという人に対しては、その位置を交換する気がないならムダということにならないじゃないかなどと指摘。 白石との対談も論文の読みにくさと比べるとずっとわかりやすい。 本書を読んでいくと、自立という言葉、あるいは支援という言葉はプラスイメージからマイナスイメージの言葉になったことがハッキリする。自立とは、「見捨てた」とか、「自分で金に応じて処遇はきまっているからね!」という意味だ。支援は、金の出し方で支え方のランクが決まっているから、もし貧しかったら「頑張れ」というかけ声をもらえるということだ。 それでも、まだ、その言葉を捨て去ってしまえないでいる。だが、本書には、働かない権利という対抗軸も打ち出されてきている。この言葉だけでは広範な支持は集められないかもしれないが、気になる方は本書を手に取ってみましょ。(2007.01.11) |
| Magazine381:ポリティーク12 |
渡辺治他編、旬報社、2500円と税金。 次号予告に、この1月にどうするか決めるとあってこの雑誌の存続が危ぶまれているらしいことがわかる。確かに、一般受けする内容ではない。しかし、政治状況を分析・検討するにはこの雑誌は欠かせない情報源の一つだったし、世界の掴み方を知る参考の一つであった。よって、なんとかその存続を期待したいものだ。 さて、12号は、「構造改革の現段階と安倍政権」が特集。渡辺治、二宮厚美、後藤道夫、岡田知弘の座談会が、それぞれの専門領域に関わって論じられている。対談において、日本の保守主義者は地域を解体してきた近代に対して対抗しない世界の保守の流れからすると特異な存在となっているという指摘、社会統合や統治の問題について保守派関心が薄かったことなどが指摘されている。 この座談会との関連で、渡辺の「安倍政権論」を読む必要がある。渡辺は、安倍政権を単に超タカ派政権と掴むのは間違っていると小森らの議論を批判する。確かに安倍政権は、新保守派をブレーンとして愛国心や家族の復権などと主張するが、例えば、教育政策でもバウチャー制を主張するなど教育格差社会の推進が政策的具体策としては打ち出されており、新自由主義を他方で堅持しているのだと掴む。私も、先日、教育再生会議周辺からの記事に関わって、「ゆとり教育」は変わらないと書いたが、多元的能力主義教育はこれからも進行するという点で同じ見方をとりたいと思う。 また、安倍の思想に言及する部分があって、中曽根と比較しながらのっぺらぼうで面白みがないという表現があったのだが、これにもそうだなと同意したい。 (2007.01.08) |
| Magazine380:NHK問題 |
武田徹、筑摩書房、740円と税金。 タイトルはNHK問題だが、その中心は放送を中心にした「公共性」についての議論だ。後半に民放について論及があるが、民放を含んで「公共性」について考えた方がいいと思われる。本書を見ながら注目したいと思ったのは、「公共性」を自己正当化のために語る人は信用できないという指摘が一つ。もう一つは、「公共性」を支配という問題と免れさせうる可能性について、その着想についてだ。公共性は必ず支配とセットになっている。これに対して、武田はずらしの空間を残しておくことを提出しているのだが、このずらし方がリベラルなレベルにつまり個人のレベルで終わっているように見えてしまった。もしそれが誤読でないとすれば、「公共性」の支配に対して十分ではないように思われた。それでも、支配しない/されない公共性という着想は忘れたくないと思った。とはいえ、制度論的な追求がさらになされるべきだろうと思われた。 (2007.01.04) |
| Magazine379:「国語」の近代史 |
安田敏朗、中央公論新社、880円と税金。 近代国家の一つの条件とされる言語の問題について、ネーションステイとの関連で考察した本が本書。この分野の研究としては、安田の一連の仕事とイヨンスクの著作が、現在では基本文献のような気がする。その安田が書いてきた論考のコンパクト版ということができるかもしれないが、しかし、明治初頭のあたりからつい最近の論調までが取り上げられているので、歴史的位置を本書の方が掴みやすい。 日本語が国家や民族と関連させられて議論されてきたが、そこには中心と周辺とを捏造する思考があったことなどを上田万年あたり以後を中心に示していく。例えば、琉球には日本の古語が残っているなどという言説にそれを見ることができるという。つまり、昔からある一つのまとまった日本語の存在を想定し、それを前提として、それとの繋がりを示すことで日本というまとまりへと組み入れていく思考などが明かされていく。他方、植民地では、最初から日本語教育としてではなく「国語」教育が始まったこと、国語の重要さを説くことと植民地の言語教育の矛盾を時枝誠記が言語過程論を編み出すことによって、国語の強制を合理化したことなどを指摘していく。 つい最近の議論としては、音読の推奨が、書き言葉の音読であること、つまり、特権化された言葉への回帰をそこには宿していることを指摘している。あるいは英語より国語という議論のエリート主義との関連などを短くはあるが指摘しているので参照されたい。 (2007.01.02) |