| Magazine407:ハリウッド脚本術 |
ニール・D・ヒックス、フィルムアート社、2200円と税金。 大塚の本が依拠していた本。ドラマは、始め・中・終わりの三部構成だとか、ドラマは10の構成要素でできているとか紹介通り。読んでよかった点は、練習問題の問題の作り方。 登場人物について考えずに次の問いに答えなさいという。 あなたの主人公が最も幸せなのはいつですか? あなたの主人公はいつ嘘をつきますか? 主人公の居住空間にある物を述べる文章を書けと言って、次のように問う。 どのようなアクションをしてそれらを手に入れたのか、どんな価値を表しているか? 要するに内面と外的行動とを明確に描きながら、その相関を意識させるものとなっている点が授業構成に使える気がする。ただし、ヒックスは単純な二つの相関を求めているわけではない。単純化してしまえば、それはつまらないドラマしか生まれないからだ。新しい相関を読み取り、構成していくことが必要でもある。 虚と実に関する記述や、人生とドラマに関するハリウッド的眼差しも「あ、そう」という感じ。(2007.03.31) |
Magazine406:何も起こりはしなかった |
ハロルド・ピンター、集英社、800円と税金。 2005年のノーベル文学賞受賞者による受賞記念講演から始まって、80年代後半から近年までの政治的評論を集めた本だ。そして、後半は、自分の生まれや劇作について語っている。 この何も起こらなかったというのは、アメリカ合衆国やその同盟国の行った、殺戮などがまるで存在しなかったように扱われていることをさしている。ニカラグアなどの中南米での独裁政権の支援などを厳しく非難している。かなり痛烈。 「自由を愛する皆さん」という米大統領の演説には、「自由の嫌いな人を見てみたい」といい、本物の「ならず者国家」はアメリカだと。もっとも興味深い劇評は、6歳の子による「この人、Wという字が書けるの?」というもの。すばらしい。(2007.03.27) |
| Magazine405:キャラクター小説の作り方 |
大塚英志、角川書店、629円と税金。 キャラクター小説をいかに制作するのか、その手がかりとなる事柄、手がかりの考え方を易しく論じた本。 キャラクター小説は、現実を写生したものではなく、あり得ない世界やキャラを設定・構成しながら現実を描いているのだと論じている。途中引用されている『ハリウッド脚本術』がそうなのだが、制作の具体的手がかりとなる問いかけや、考えていくステップが示されているので、ストーリーができそうな気はしてくる。 これを読むのは、小説を書きたいからではない。授業構成の考え方として参考になることがあると思われるからだ。例えば、授業をつくるということは、ゲーム・デザイン、ゲームマスター、プレイヤーにかなり例えられる部分があり、その相互関係を考えるミラーに使えそうな気がしたりする。 あるいは、デザインづくりにおける次の三つの指示。他の登場人物と対立する、一人の主人公。特定の目的を達成するために、なぜそれらの登場人物は互いに争わなければならないのか。ドラマが原因で主人公の人生はどのように変わるのか。この三つの前提に関する問いに応えよというのだ。これの三つ問いは、授業構成の問いに置き換え可能だ。どのような認識の違いがクラスのなかにあるのか。認識の違いはどこにあってそれぞれはなぜそう主張するのか。どちらかの認識へと変わると、どんな世界や関係がクラスに生まれるか。などとまあとりあえず考えていく。 続けて、主人公の目的は何か。主人公に欠けているものは何か。こうした問いかけをつないでいくと授業構成とつながりそうなのだ。高橋さん、本の紹介ありがとうございました。 (2007.03.23) |
| Magazine404:歴史地理教育3月増刊号 |
歴史教育者協議会編、905円と税金。 松本さんが目次をつくってくれたので借用しつつ改訂。 特集は、これからの社会科をどう創るか=社会科60年=。 以上のような目次。教科の実践記録を読む場合、私は、三つの眼差しを向ける。一つは子どもの問題意識をつかんだ実践か?二つは取り上げるテーマの中心はより本質的なものに迫っているか?三つは探求的に学ばれているか?さて、それぞれの記録を皆さんはどう読むでしょう。 (2007.03.19) |
| Magazine403:公民の民俗学 |
大塚英志、作品社、1800円と税金。 「伝統」が近代に創作されたものだという論理を、「日本」「日本人」「母性」といった言葉で観念される意識について、柳田国男の民俗学の文章と文脈に即して明らかにしようとした本。 これが結構面白い。明治初期の「妖怪」がやがて日清・日露と戦争が続き大量の戦死者が生まれる中で幽霊話が多くなったという社会的経緯などと関わらせながら、柳田の民俗学がきわめて政治的影響を受けながら語られていったことを実証しようとしている。 多民族国家としての日本という掴み方を柳田はしていたが、それは、日本人の起源について山人という言葉と枠組みを作り出しながら、それを台湾の高砂族とこれを支配する台湾総督府に準えてつかんでいたことなどを示していく。 あるいはまた、「郷土のことは郷土人にしかわからない」としてこれを理解しない「外人」という言葉をつくりだしたが、郷土人でもない柳田が各地のことを解釈して歩いたことの齟齬を、郷土人という枠組みが伸縮自在な概念で、実際上は、郷土人とは「日本人」に読みかえられるように創作されていたことを示していく。こうしたトリックを柳田に即して明らかにしながら、日本の伝統という無垢な信念の虚構性を全体として示していく。これはお勧めの一冊。 (2007,03,16) |
| Magazine402:写楽 |
中野三敏、中央公論新社、760円と税金。 暇つぶしに買った本。出だしだけでも読んでいれば買わなかった。この著者、どっかの「品格」を持ち上げるタイプらしく、文化を雅と俗に区分する枠組みで写楽をみていく。そこに差別的なまなざしが強く存在しているようだ。中盤から写楽が誰かに関する資料的検討をしていくのだが、自説についてだけ甘い気がする。文章としても古色蒼然とした感じで、言葉の運びもきりっとしまっているとは思えない。 やっぱり買うんじゃなかった本。著者には申し訳ないけど、私にとっては今年のはずれ。 (2007.03.13) |
| Magazine401:われらみな、アイヒマンの息子 |
ギュンター・アンダース、晶文社、1800円と税金。 アイヒマンの息子=クラウス・アイヒマンへの手紙という形式でナチス的な全体主義への批判を展開した本。周知のように、ユダヤ人虐殺のための実務的手配を責任者であったアドルフ・アイヒマンがナチ崩壊と共に国外逃亡し、十数年を経て捕まった際に、その息子が父親を擁護・免罪する発言を行った。これへの批判の手紙だ。 息子だから同族であるが故に責任があるわけではなく、かの犯罪を犯罪と認めて、虐殺された側と共に生きると表明することこそ求められているのだと語る。また、著者がアーレントの最初の夫であったことが関係あるのかないのかわからないが、凡庸であることの悪を自律的判断の欠如として批判する。残忍であったためにユダヤ人絶滅計画を遂行したのではなく、職務に忠実であったが故に加担した。その悪を果たさせる動きが世界に広がっていることを警告した本である。教育の世界にどうしても引きつけてしまうのだが、教える内容や教え方の画一化とその強制動向がそこにあり、そこに積極的に加担する動向を見ると、本書は読まれるべき一冊だと思う。 (2007.03.09) |
| Magazine400:教育3月号 |
教育科学研究会編、国土社、667円と税金。 特集は、養護教諭と養護教育を研究するものによるその仕事を今の状況の中に捉え直すということ。現在の子どもの状況と教師の置かれた状況の中で養護教諭の位置と課題を座談会と論文から示そうということのようだ。とりわけ、スクールカウンセラーが学校に配置されるようになる中で、固有の役割を示そうとしているのだと読んだ。 それと見逃せないのがサカキバラ事件を担当した野口弁護士へのインタビュー。 そして面白かったのが、子どもがガラスを割ったときに、割った子どもの親に弁償請求した学校とそれはおかしくないかと追求してみた清岡論文。こういう時、誰に責任があるのかをただ実務的に考えるのではなく、教育の条理に即して考えると、近年の動向のおかしさも見えてくるものだと発見。(2007.03.06) |
| Magazine399:論座4月号 |
朝日新聞社、743円と税金。 この所購入することがぐっと減っていた雑誌。珍しく購入した理由は、「丸山眞男をひっぱたきたい」への応答が特集だったから。麻生などのインタビューは読んでいない。 もともとの記事は、1月号の赤木という31歳のフリーターの今日の格差社会をひっくり返すには戦争しかないという記事。これへのコメントが並ぶ。佐高信、奥原紀晴、若松孝二、福島みずほ、森達也、鎌田慧、斉藤貴男が返信を書いている。ほとんどの人は、「希望は戦争」という赤木に批判的で、戦争で生きのびることはできないという想像力を持った方がいいなどという。それはそうだ。 鶴見俊輔も、関連した発言を記している。15歳の時に情報技術を自在に操る勉強をしようという判断をなぜしなかったのかという。おそらく、ひっぱたくにはそれなりの知と判断が個人の責任において必要だというわけだ。それなしに叩くのは単なる暴力で、叩いても叩いてないということなんだろう。一つの論理として理解できるが、その知と判断が十分でないとしても叩けないかどうか疑問が残る。ついでに、些末なことを言うと記事中に鶴見は小学校を終わる頃までに10000冊読んでいたとあるんだけど、これは冗談だろう。これを実現するには、年間1500冊以上読まねばならない。月に100冊以上だ。1日3〜4冊。短い絵本だけなら可能かもしれないが本当とは思えない。 「グッとくる左翼」という特集もあるんだが、政治課題を取り上げずに議論する左右に関するお話は、タイトルほどにはグッとこない。 多様な本屋が登場しているという記事があって、そこには私が入店したことのある本屋さんの名前がいくつか挙がっていた。しかし、関心の違いからかもしれないが、それほど肯定的には評価できない本屋さんも含まれていることが気になった。だがそれでも本を売ることに特色を出そうとするアイデアがいくつもあることにはいくらか関心。(2007.03.03) |
| Magazine398:国家と犠牲 |
高橋哲哉、日本放送出版協会、920円と税金。 靖国という国家による追悼の問題を本格的に考察した本。靖国神社についての来歴などの本は多数あるが、国家が国民等を追悼するということは、国家の「犠牲」という悲惨を隠蔽し、一転して聖なるものへと変換するシステムであることを明らかにしている。 だから、靖国神社から国立の追悼施設に変換すればいいなどという議論の欺瞞性をも暴いていく。日本以外の国にも無名戦士の墓などいくつも追悼施設があったりするが、そのことの問題も指摘している。国家の犠牲だけでなく、犠牲と名づけられるもの一般の危うさをも指摘していると理解すべきだろう。 (2007.03.02) |