2007年5月5日 (土)

Magazine415:なぜ日本人は劣化したか

 香山リカ、講談社、700円と税金。

 日本語力が劣化し、考える力が劣化し、モラルが劣化し、コンテンツ力が劣化し、体力が劣化し、社会的な涵養の力が劣化したと論じた本。処方箋は、劣化を自覚し、食い止めるべき事柄と認めるべき事柄の選別が必要だという。

 この本には、かなりがっかりだ。

 最大の理由は、「劣化」と断定してしまった点にある。本当に「劣化」したのかどうかわからないのに「劣化」と断定してしまった。いくつかデータにあたるものを並べているのだが、それぞれの専門研究者からすると異論のある事柄なのに、香山は素人なのに「劣化」と断定してしまった。例えば、冒頭に新聞の活字の量が減ったことを「劣化」として挙げる。しかし、新聞情報量の減少が知的な「劣化」なのかはわからない。この講談社新書だって、かつての新書より活字も大きくなり、1ページあたりの文字数は減っている。しかし、それは知的な「劣化」かどうかはわからない。読者対象の変化かもしれない。

 モラルが「劣化」したというのだが、そこに挙げられた事例は何によって生まれたのかその追求がない。雪印や不二家の事例もその原因についての印象批評だ。言うならば、香山に知的モラルというか知的作法の劣化があるというべきじゃないか、そう思ってしまった。

 「劣化」という限りは、かつては「正常」で「健全」であったという認識がそこにあるが、果たしてすべてそうなのかという自覚にもかけるかもしれない。「劣化」とすべてを括ってしまったために、現代社会の課題として確かに存在するものが正当な位置を確保できないところに置くことになってしまったように思われる。おそらく、本の出し過ぎによる「劣化」なのかもしれない。気の毒。

(2007.4.28)


トップページに戻る
Magazine414:教師とテクノ・リテラシー

 コリン・ランクシア他、海文堂、2400円と税金。

 批判的教育学には珍しくパソコンやインターネットなどの領域に関するリテラシーに関する翻訳本。ランクシアは、この見地の人としては結構知られている人で、今はたぶんメキシコで仕事をしている。

 冒頭は、パソコンが学校に導入されるようになった時に発生する教師の間の困惑や特定の教師の熱中ぶりなど、教育の中への導入のされ方の観察から始まる。翻訳本の性で、ソフトがハイパー・カードだったりして、今では誰も利用しないソフトの利用のされ方が話題になっていてグッと若い人には何それという感じもするかもしれない。だが、今の新しいソフトに置き直して考えれば、ありがちな教師の葛藤を画いていて、どこに問題があるのかを考えるにはいいでしょう。

 そして、本書の最後には新しい技術が導入されるときの実践的な提案が記されていて、情報教育に振りまわされやすい人は読んでおくといいでしょう。

 少しだけ原理を挙げておくと、「まず教師」という原理では、新しい技術を教師がまずもって学びその意味を理解できるように支援を受けるべきだという原理。「実行可能性」という原理では、その技術を用いることで本当に何が改善されるかをはっきりさせることなどという項目が並ぶ。なんだか当たり前に見えるかもしれないが、日本の現実をふり返ってみると、意外と重要な指摘をしていることに気がつく。何しろ京都府教育委員会などは、教師がパソコンを全員利用できるという数値を捏造?したりする事実があったりする地域なのだから。

 さらに、本書は途中にも結構面白い指摘があるのだが、惜しむらくは訳者は英語が得意で、日本語は得意ではないらしいことだ。不自然な言い回しが延々と続く。(2007.04.26)


トップページに戻る
Magazine413:全国学力テスト、参加しません

 犬山市教育委員会編、明石書店、1200円と税金。

 全国学力テストに不参加を決めた教育委員会は、一つしかない。その犬山市教委が、参加しない理由を明らかにしたのが本書である。学テ問題を地域から取り組み、変えていこうと思う人には欠かせない本である。

 1章では、瀬見井教育長が不易の教育を地方分権の観点から作り上げていくことを強調し、2章では、なぜ参加しないのかをQ&A方式でわかりやすく応えている。3から5章では、犬山のめざす教育像、習熟度別教育とは違った少人数教育や「学び合いの」授業と評価、学校に権限を移譲した取り組みなどを具体的に示し、参加しない理由を事実で語ろうとしている。6章では、教育委員である中嶋氏が学テに参加するかどうかを決定する法的権限が市教委にあることを明らかにし、学テの問題点を解明している。

 本書の意義は、第一に、市教育委員会が小泉・安倍政権の教育政策を「競争の教育」として明確に否定し、自主的判断を下したことである。これまで教育委員会は、文科省の下にあって、学校を統制する機関として概ね機能してきた。これに対して、現行法の下でも自律的に機能することを示した点にある。

 第二に、全国学力テストが学校教育を破壊することを明らかにしたことである。学テによって学力向上を名目に学校間競争が強まり、点数を上げるためだけの授業となってしまうことを明らかにした。また、学テは教育目標の国家管理を競争の教育によって遂行しようとするものだが、そうではなくて学び合うことにより多くの価値があることを示そうとしている。犬山の教育が完全だというわけではないが、対抗軸を示している。

 第三に、学テが子どもや保護者のプライバシーの侵害となること、学テを受けない権利のあることを明らかにしたことである。市教委の責任とは何か、学校や教師との関係についても問いかける本と言えよう。(2007.04.21)


トップページに戻る
Magazine412:世界5月号

 岩波書店、743円と税金。

 特集は、施行60年目の憲法状況。6者協議や慰安婦問題もならぶ。今日の状況を考えれば、これも憲法問題と深くつながっている。

 明日、吉見等は慰安婦問題の不在を願ってやまない人々に対して、新証拠を含めて記者会見を行うらしいが、日本軍による強制連行はなかったという主張の誤りを証拠や論理を含めて簡潔に記している。倉橋の取材体験を記事にした文章もまずまずだ。

 特集に関わって、論争的で興味深いのは、西原の君が代伴奏拒否訴訟の最高裁判決の読み方、そして昨年9月の予防訴訟の判決の読み方だ。内面と行動の関係の問題で9月判決は不十分だとする。これに対して最高裁判決における少数意見であった藤田裁判官補足意見を高く評価する。これは、教師の思想・信条の自由と枠組みで議論するだけでは不十分であり、子どもの思想・信条の自由を本質として捉える枠組みから考えるべきだという議論であり、じっくり考えてみたい内容を持っている。きっと論争となる。じつはすでに一部では議論となっているが、読んでおくべき論文。

 続いて辻村の論文も、改憲論の中の家族像をめぐって整理しているので参照したい論文。間宮論も手堅く論調を切っている。山崎の日本軍性奴隷の連載もまた読むべき。(2007,04,16)


トップページに戻る
Magazine411:日本近現代史1幕末・維新

 井上勝生、岩波書店、780円と税金。

 現在までの所このシリーズは3巻まで出ている。新書ということなのかどうなのかわからないが、昔のこういう類の本と書き方が違う。少なくとも3章までは、人の発言がカッコ書きで記されていたりする。制度を綿々と叙述するという体裁ではないぶん読みやすい部分がある。ただ、時間軸がどうしても前後するから間を置くと確認が必要になったりする。ともかく、記述様式が従来のこの手の本と少々違っているところがある。

 本書は、幕末から維新にかけて、現在広く存在している歴史認識を、実際には違っていたのだということを示すことに力点が置かれている。

 例えば、ペリーなどとの外交交渉において幕府は弱腰で軟弱だったという見方を否定する。幕府は世界の情勢についてもオランダを通じて知っており、軍事力の格差がある中で、天皇や朝廷などの無知と無謀な反応よりずっと冷静な対応をしたことを明らかにしている。それでも、不平等条約を結んだ理由についてはなお議論の余地はあるかもしれない。

 あるいは、薩摩藩が密貿易も含めて外国と交易を行いながら攘夷を主張したのは政治的利用にすぎなかったなどと、この時期の尊皇攘夷が尊皇開国へと変転する理由を明らかにしている。

 とりわけ、日本が植民地化される危機にあったとか、維新の志士はこの危機を乗り切った英雄だというような見方を否定する。というようにこの時期にまつわる言説の捉え直しを迫る一冊といえよう。

(2007.04.14)


トップページに戻る
Magazine410:生活指導4月号

 全生研編、明治図書、752円と税金。

 特集は、「4月・子どもと出会う」と「保護者と出会う」の二つ。

 それぞれの特集は、比較的経験の少ない教師、あるいはこういうことに不慣れな教師にも明快に書かれてある。以下に取り上げる人の文章は、そうではなくて、ある程度経験もある人に注目して欲しい文章である。その記録がいいかどうかというわけではなくて、何かそこにこれまでと少し違う新しい芽のような物が含まれている気がしたからだ。

 一つは、埼玉の関口武さんの文章。これは文章の書き方が前後に並ぶ人と違う。制作的な公共空間という問題意識も鮮明で、裏に漂う感情の世界がさらに視野に入ってくると面白いと思う。

 二つめは、坂田和子さんのスピーチ活動実践の始まりの部分がわかった。これが続いて去年見たようなことになっていくわけだ。(過日、金沢の金森さんの最後の授業がクローズアップ現代で取り上げられていた。この方は「手紙ノート」。この形態の違いもあるけれど、その後の展開がちょっと違うことも注目しておきたいこと。)

 三つは、「私の授業づくり・道徳」として連載が始まったこと。ずっと道徳ではないのだろうけど、これを4月に持ってきたことは、かなり画期的なこと。いろいろあるけれど、有意味な時間に読みかえ・作りかえようという発想を前面に出したのだろう。

 私の教育のパッケージ化に関する教育情報ものせているので読みましょう。

(2007.04.08)


トップページに戻る
Magazine409:現代思想4月号

 青土社、1238円と税金。

 教育の特集。ただ、なんか去年だったかの教育の特集と執筆者が半分くらい同じ気がする。

 そうした中で、疑問をいくつか持ちながら読んだのが佐藤学論文。聞くという学びの共同体構想、学校ぐるみ研究の部分には懐疑的な気分が増幅した。

 他方、読んで一番よかったのは、進藤論文。06年教育基本法の条文の読み取りと新自由主義国家における新自由主義と新保守主義関係把握は参考になった。もう一つよかったのは、福田論文。フィンランドなどの北欧の教育の社会的背景とその戦後の流れが示されていて、ノルディックモデルを単純化して捉えてはいけないと理解する上でこれまた参考になったし、現在の新自由主義の浸透度合いを読むこともできた。

 細部だけど、誤植が多いのが気になった。(2007.04.04)


トップページに戻る
Magazine408:高校生活指導172号

 高生研編、青木書店、1200円と税金。

 私のブログにも触れたように、春季号はいまどきの高校生がのってくる授業が第一特集。ここでは淺野さんがワークショップ的な授業のイメージを広げるように論文を書き、私がバーチャルではなく現実に迫る授業についていまどきの情勢と関わって書いている。

 実践記録では、フランダースの犬の映画を使った授業、10年後の私と出会う授業、白木屋の争議を具体的に授業にしていった記録などが並ぶ。この中で、少々気になっているのがフランダースの犬の授業において、ハンスをジュハンと違ってネロに親切でなく卑怯だとか最悪だというにもかかわらず、教師が「ハンスは自分を愛しているか?」と問うと、ハンス自身は最低でも最悪だと思っているわけではないから、最悪というわけじゃないという応えがかえってきている。これについて現代の高校生の主観主義の特徴だと記してある。しかし、そうなのかどうかちょっと疑問。上記のように主観を聞いたから本人としては最低だと思っていないかもしれないと答えただけのような気もする。さてどっちだろう。

 第二特集は、キャリア教育。乾さんのグループ調査を中心に構成されている。いわゆるキャリア教育の概念は変化してきているのだが、従来イメージでは捉えられない高校生周辺を問題にしているので、今の時代を感じるには読んでおいてもらいたい部分。

 その後には、学級通信の技術などが並ぶ。どうせなら、もう少し間口を広げて並べたらどうだろうと思った。(2007.04.01)


トップページに戻る