2007年6月1日 (金)

Magazine424:おいしいハンバーガーのこわい話し

 エリック・シュローサー他、草思社、1300円と税金。

 この本は、マクドナルドの誕生から経営戦略、その食の抱える問題を子ども向けに書いた本。だから、この本の構成を見ると、その趣旨は明瞭だ。

 第1章は、「ハンバーガーはこうして生まれた」。ウィスコンシン州ホートンヴィルのチャーリー・ナグリーンが最初(1885年)のハンバーガーを作って売り始めたこと、リチャードとモーリスのマクドナルド兄弟が1948年に今の形のマックをはじめたこと、その経営戦略が簡潔に記されている。

 第2章は、「子どもは大事なお客様」。ここで本当はたいして大切にされていないことが書かれていたりする。

 第3章は、「マックジョブってなんのこと?」。マックで働くアルバイトのことが取り上げられている。藤原にはない視点だ。

 第4章は、「フライドポテトの秘密」。いろんな添加物が入っているということなどが示されている。

 第5章は、「すかっとしない清涼飲料の話」。コーラ1缶にスプーン10杯分の砂糖が入っている話。ただし、今はダイエット・コーラもそれなりに問題を抱えながら売ってるけど。

 第6章は、「牛や鶏はどんな目にあっている?」。主に鶏の育てられ方を批判している。

 第7章は、「ファーストフード中毒」。ファーストフードが太りやすい食物であること、とりわけトランス脂肪酸が人体に多大なダメージを与えることを記している。

 第8章は、「君たちにできること」。ということで、ファーストフードの価値観への批判が始まっていることを示し、広告の禁止、そういう会社の食品を学校で売らないこと、最低賃金を上げること、動物虐待の会社を罰すること、農家が公正な市場で売れるようにすること、そうしない会社の食を買わないことなどが並ぶ。

 君たちにできることという言い方からわかるように、個人にむかって言っていることなどからわかるように、この対抗策で全部いいかというと問題もありそうな気がするけど、これは使える本だと思う。(2007.05.31)


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Magazine423:大正デモクラシー

 成田龍一、岩波書店、780円と税金。

 日本近現代史シリーズの三冊目。1900年付近から20年代頃までが扱われている。その基本は、ブログに書いたように、大正デモクラシーを「帝国のデモクラシー」として描き直すことにあるようだ。この位置づけに関する研究は今後も続けられていくだろうが、面白い一冊だ。時代のイメージを昔学んだままの人は、読むといいと思われます。(2007.05.28)


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Magazine422:昭和維新試論

 橋川文三、筑摩書房、1000円と税金。

 朝日平吾、渥美勝といった右翼、ナショナリストに注目し、彼らの追求したテーマとそのテーマが生まれる社会状況を探求した本。そして、その心性において、社会主義者やアナーキストとの共通性を見いだしている本。

 例えば、渥美は、エリートコースを歩みながら、挫折を繰り返し、神性との一体化に可能性を見いだしながら現実の暮らしの悲惨さとのギャップを抱え、内観的煩悶に囚われそこから離脱をテーマとするようになったのだと見ているようだ。この発想が、人間の平等を日本人の本性において探求する国家主義へと向かわせたのではないかと見ているようだ。

 エリート主義と貧困が結合すると、左右の国家主義が生まれるのかもしれない。また、人間と日本人を結合させても同じようなことがおこるのかもしれないと思った一冊。ここ数年再評価されてしばしば引用されている橋川文三体験であった。

(2007.05.24)


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Magazine421:教室のピンチをチャンスに変える・

 おまかせHR研究会・編、教室のピンチをチャンスに変える実践のヒント100連発、学事出版、1800円と税金。

 100連発シリーズの第三弾。今回、縦書きと横書きがあるので、どっちが表紙なのかと一瞬迷ってしまった。しかし、縦書きが表紙ということを確認して読み始めると、まずはいきなり高校の担任を任されたら、担任をしていて「イヤなことを言う大人はみんな嫌い」という女子高生たちを抱えたらどうするという問いが出される。これに数人が応答してアイデアを出すという書き方で一貫している。ちょっとだけそのアイデアを示すと、学級通信に何のためにこの学校に入学してきたのかを説いたり(実際にその語り方が示されている)、個別にクラス面談をするというアイデア(当然、その時に何をどんな風に語るのかが示されている)などが簡潔に記述されている。

 横書き編では、授業中に寝ている高校生を起こすのかそれとも寝かせておくのか、生徒と教師のタメ口はOKかどうか、そういう教師にとってはちょっと悩む問題について、複数の回答者がこたえる形で著述されている。それぞれの回答も、取り締まれあるいはほっておけというような

回答ではない。生徒の方を向いた応答が記されている。

 本書の基本姿勢は、「中入り」という文章に示されている。それは、教師が一つのものの見方で生徒を括ってみてしまうのではなく、生徒の実情に即して捉え直していくということが一つ。二つには、教師は困ったら助けを求める力量がいること。三つには、ともかく一歩を踏み出すこと。四つには、単純な回答が見つからない問題の場合には生徒共に学びのテーマとして位置づけていくこと。五つには、力万能のような社会の中で、これに抗う道を生徒の生活を見据えて探求することだという。そうした生活と学びをつくり出すチャンスが教師の抱えた困難の中にはあるという。

 気楽に見えながら深刻な問題を、明るく穏やかに、実践的手がかりが多彩に収められているのが本書と言えそうだ。(2007.05.21) 


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Magazine420:生活指導6月号

 全国生活指導研究協議会編、明治図書、752円と税金。

 今月号は、荒れを契機に平和に生きるルールづくりが第一特集。第二特集は、教育再生会議の第一次報告の批判だ。

 第一特集では、北山が大規模の小学校で互いに関わり合わずに傷つけ合っている状況の子どもたちについて、給食の時の自由席という提案をめぐっての取り組みを示している。森下と荒谷の報告は学校方針を考えるのに最適だ。子どもと保護者の傷を癒そうという方針を示したり、優劣・強弱で人を見ることをやめようと提案している。

 第二特集では、教育の国家化、能力主義教育の拡大、いじめ対策が国家による子どもの押さえ込みとなっている点などを明らかにしている。間もなく、二次報告も提出されるはずだから、検討するにはいい時期の刊行となった。

 他に、実践的なヒントとなる記事も並ぶ。(2007.05.18)


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Magazine419:あなたへの社会構成主義

 ケネス・J・ガーゲン、ナカニシヤ出版、3500円と税金。

 心理学分野の構成主義の考え方をまとめた本。417の本との関係で読むことになった。構成主義の基本的とらえ方がまとめられているし、基本文献と言っていいと思う。

 現実あるいは事実は対話の中で社会的に構成されるという考え方を解説しているわけだが、客観的現実と言語を介して認識したゲンジツとが連続的に捉えられているので、ガーゲンの主張をそのまま捉えると、言葉が現実をすべて構成するかのような説明となっている所がある。これは言い過ぎで、言葉が現実に作用して現実を創りだすことがあるし、人間の意識の中では現実は構築されていると捉えるべきなのだと思う。言い換えれば、言葉自身が現実を何でも創ってしまいそうな説明があるが、言葉そのものはものそのものを生み出すわけではない。こうした難点はあると思うけれども、人間の意識や認識の世界、あるいは言葉や人間関係に関わる世界を捉えていく場合には、この社会構成主義が切り開いた世界は有用性が極めて高いと思われる。

 人が変わる契機やなぜ変わるのかを説明する理論として教育学にとっても意義深いと思う。

(2007・05・14)


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Magazine418:体育科教育における・・・

 森敏生他、体育科教育におけるカリキュラムマネジメントに関する研究、科研費報告書。

 科研の報告書なので、一般に入手することはできない。研究代表の森さんに頂いた。この研究は、自己組織化論というまなざしで戦後の体育科教育のカリキュラム開発を眺めるとどのように見えるのかというのが、一つの特質。1章と2章はその枠組みの解説、7章と11章は教師が自分の実践やカリキュラムに関する見通しを構築したり、従来のカリキュラムを変える契機となった事柄を当事者の実践史に即して明らかにしようとしている。この点では意欲的な枠組みの提起だが、実践の自己組織化が何故に可能となったのかについてはさらに検討が必要なように思われる。また、自己組織化論は、問題が発生した場合、自己組織に配置されたファクターがこれまでと異なって作用することによって、問題を更新・解決していくと捉える議論だった。この場合、どのようなファクターが元々存在していたか、新しいファクターの配置の可能性があったのかどうか、ファクターに変動はなかったとしてその作用がなぜ変化したのかが対象に即して明らかにされる必要がある。

 海野論文では、女子の身体的有能さの認知が低下しているという調査結果について、その原因を「たのしい体育」という動向、並びに階層化との関連が示唆されている。データ的な一層の裏付けが期待される。他、体育科教育の戦後の最良部分の開発の論理を解明すべく論考が並ぶ。

(2007,05,10)


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Magazine417:社会構成主義のプラグマティズム

 若島孔文編著、金子書房、2200円と税金。

 日本心理学会のワークショップの記録。ワークショップというが内容上は課題研究だ。それはともかく、社会構成主義をどう評価するのかが社会学者の内藤朝雄、浅野智人を読んでナラティブセラピーの佐藤宏平と共に議論している。(浅野智人の名前が表紙では変換ミスとなっている。)その後の質疑も再録されている。ここでは、社会構成主義における言語が現実を構成するという主張をどう理解するのかをめぐってその理論展開がそれぞれの立場から評価されていて参考になることが多い。言語が現実を構成するというが、客観的現実そのものを構成するとまでいってしまうと捉え損なう問題が一方に多数存在することを指摘しつつ、言葉が現実に作用し、ゲンジツを構成することもあるということがそれぞれの研究領域に即して語られている。二章以降では、ナラティブセラピーの理論や研究動向が配置されている。これは読んでよかった本。(2007.05.08)


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Magazine416:日本ナショナリズムの解読

 子安宣邦、白澤社、2400円と税金。

 川崎の北部の向かい狛江市が高麗(コマ)の人びとの住む所でその入り江があったことに由来するという書き出しから始まる。そして、まずは、本居宣長の転倒した日本語論に先立って藤井貞幹が韓からの影響を考えなければならないと述べていたこと、それと宣長との論争が紹介される。以後、福沢の国体論批判や智徳論と、順に時代を下っていく。

 連続講座が元になっていることもあってだろうが、専門家ではない者にも全体の論旨は掴み易い叙述となっている。

 ところで、福沢の智徳論が道徳主義への批判として語られたことが、本書のなかで示されていく。智と徳がつながっていた掴み方にたいしてこれを分けていったことが示されている。ところで智と徳が別れていなかったのは、東洋だけではない。西洋もそうだった。そのものの良さを徳としていた。そんなことを思いだした。ともかく、道徳さえなんとかすれば、人間や世界がすべて解決してしまうかのように考える道徳主義批判の書としても読んでいい気がした。連休中の収穫だろう。

(2007.05.05)


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