2007年7月1日 (日)

Magazine434:近代読者の成立

 前田愛、岩波書店、1200円と税金。

 前田愛のこの著作は、今から30年以上前に刊行された。この本の中心は、音読から黙読へという論考だ。マクルーハンのようなメディア論からすれば、音読から黙読は必然なのだが、明治初年から中期を視野に、その読者の誕生を解析していてこれは良い本だ。

 漢文的世界から読み書きの世界へと入る素読は、その形を覚え、やがてその中身を成人して以降に再度取り込むスタイル。これは、当然武士を中心とした支配者の読み書き大系であった。これに対して、庶民の読み書きは、音読。つまり、謡曲などの庶民の芸能に影響されていたのだろうと推測されるが、多少の読み書きができるものに人情本などを声に出して読んでもらう団欒があって、書き言葉の成立と普及の中でも音読が広く存在していたことを示す。

 他方、素読の世界から出発しながら、青年知識人たちは漢詩や政治小説などを音読する世界へと入り、やがて音読ではなく黙読へといたり、作品の読み方が変わったことを坪内逍遙の例などで示していく。

 読み手の階層問題、読む内容の問題、音読の効果と黙読における読者の成立など興味深い指摘だ。今日当然だと思われる読者による作品の批判的解読の基本構造が、坪内によって指摘されていたことを初めて知った。

 してみると、素読をただ音読として語る斉藤孝などは、素読の手法としても間違っていることがはっきりした。素読の体系における形優先であったのに、その後の内容理解の仕組みを欠いている点で破綻している。また、素読の階層性を無視している点でも欠陥を持つことがはっきりしたように思う。(2007.06.30)


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Magazine433:脳と性と能力

 カトリーヌ・ヴィダル、ドロテ・ブノワ=ブロウエズ、集英社、680円と税金。

 男と女の性差を、脳に求める生物学主義の議論のインチキで世に出回っているお話を批判した本。例えば、異性愛を正常とし、同性愛を異常とするとらえ方、その根拠を脳の違いに求めた諸説がまったく根拠がないことを、バルヤ族の男の同性愛の習俗を示すことを手始めに論証していく。男女のちがいを、脳の容積を比較することで証拠とする昔からの手法のインチキ、右脳と左脳の違いに求めてる議論も脳科学の進展の中で特定部位が特定の能力に関係しているのではなく同時に多数の部位が関係していることなどを示しながら、その破綻していることを示していく。

 「地図の読めない女」などという議論の非科学性、妊娠中のホルモンの影響によって性的嗜好などが決定するというホルモン決定論の誤りなどが脳科学の手法と論理に即して批判されていく。あるいは、MRIによるつまり、血流量の多少や水素原子の測定で脳の活性化映像を見て、頭の善し悪しを語る議論の誤りが糺されていく。MRIで分かることは、容器だけであって、その中で何が起こっているかはまったく分からないのだという。血流の多さは、脳の活動の興奮なのか抑制なのかを判断することさえできないのだ。こうした怪しい脳科学は、その脳科学者や生物学者の政治的イデオロギーや製薬会社に貢献するためであったりすることが、その科学者たちの社会活動とかかわって示されていたりもする。

 だから、「脳トレ」関連商品のことを思い起こしてもらうと、その議論の正しさが証明されているように思われた。脳科学に弱い人にはお勧めの本だ。(2007.06.28)


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Magazine432:マクベス

 W.シェイクスピア、白水社、730円と税金。

 全集の1冊。小田島の『シェイクスピアの人間学』の影響で元の本を読むことにした。その一冊目。読みながら思いだしたが、このストーリーは記憶があるから、昔読んだらしい。

 確かに印象深い始まりだ。「いいは悪いで悪いはいい」とはこのサイトに相応しい言葉だ。

 ところでこの話、スコットランドの王ダンカンをその臣下のマクベスがその妻と共謀して殺害し、それを知るバンクォーも殺害するがその亡霊に怯え、ダンカンの王子に味方するマクダフに殺害されて終わる話。王になるという魔女の話にのっていく人間の様が面白い。

 (2007.06.24)


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Magazine431:教育7月号

 教育科学研究会編、国土社、667円と税金。

 「いじめ」が特集。かつていじめを行っていた当事者の貴重な文章、福岡のいじめて自殺した生徒の母親へのインタビューなどが並ぶ。私の関心事からすると、86ページ以降の4つの論文が注目。一つは、いじめに見られるジェンダーによる受け止め方や対応の違いに関する片岡論文。定見もなく変節し続けるヤンキー先生への手紙という形をとった菅間論文。ちょっと前に言っていたことはどこに行ったのかということがはっきりする文章。三つには、ゼロトレランスという動向の簡潔な紹介と問題点を指摘した船橋論文。最後に、文科省の有識者会議のいじめ答申の検討。実践的に新たな展開を読み取ることより、執筆者たちの周辺の研究・実践動向を知るのに便利な本という印象だ。(2007.06.21)


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Magazine430:荒れる子どもとガチンコ勝負

 清水結三著、福田敦志解説、フォーラム・A、1381円と税金。

 学童保育指導員の著者が、当初はアクションスターをめざし、ついでプロボクサーをめざしていた。それがわけあって指導員になった顛末から始まる学童保育の実践記録である。

 実践のはじまりは、暴力をふるいまくる子どもに出会い、力で押さえるところから始まる。当然これは上手くいかない。次に、学童の中で優しさを発見したら報告するという取り組みをはじめる。しかし、これもマンネリ化。次に、Sケンなどの活動とその中での対話を通じて『荒れる』子どもの内面を掴む地点へとすすんだ実践が記されている。

 この実践についての福田さんの解説が最後に付いていて、どこを読んでほしいのかが簡潔にまとめられている。

 この本をもらったときに言ったことは、中身をまったく読んでいなかったのだが、「わたしならガチンコ勝負はしないなあ」ということ。本書を読むとそういうタイトルを付ける裏表の意味がわかる。

 解説にもあるように、荒れる子どもの暴力をいけないことと見ている間は実践が確かに問題で、荒れる子どもの日常生活全体が見えていない。もっと言えば、その子どもの他者との関わりが学童の中だけにある。これが次第にその子どもの取り結んでいる人間関係が見えてくるにしたがって、対応が変わっていっているのが分かる。

 ただ、指導の観点が、『荒れる子』に対して、他の子どもへの配慮ある対応や関係が中心となっているのが気になる。もっと多様なものの見方を問い返す方向の実践があってもいいという気がした。低学年に対するSケンの特別ルールを作り出す過程も必要なことなのだが、そうした指導と被指導やリーダーの自覚などの方向もそれなりに重要だとは思うのだが、そういう関係だけではない捉え直しを迫ることがあってもいい気がした。

 ともかく、子どもの内側を捉える実践の重要性がよく分かる一冊だ。

(2007.06.19)


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Magazine429:生活指導7月号

 全国生活指導研究協議会編、明治図書、752円と税金。

 今月は、学校教師批判から共同へ、今子どもにとって大切な学びとは、の二つが特集。今月号は、実践記録が問題提起的だ。その一つは、芳野かおりの実践記録。学級崩壊的状況の学年がその対策として、親たちが補助として学級に入ったら、子どもを叱り出す親、「問題」を起こす親への攻撃が始まった、とある。親に援助を求めることが対策の一つとして広まっているけれども、そうした対策がいっそう自体を困難にすることもある。そういう読み方が一つはあるだろう。だが、それだけではないだろう。威圧や管理的発想から親を教室に呼び込むと、新自由主義的な競争的かつ暴力的な世相も入り込んでくるのであって、共同的な関係を構築する独自な取り組みが必要なことを教えてくれる。この実践が興味深いのは、取り組んだ事柄ではない。責め立てられて苦しい親の話をたくさん聞いたということでもない。子育てをめぐる問題を親たちの課題にしていった点にある。それがいかに可能だったのか、それは、共通の課題を具体的につきだしていった点にありそうだ。

 井原美香子の実践も広汎性発達障害の久志との関わりを記しているが、シンプルだがその特質を理解すると対応が変わり子どもが変わることを示している。

 もう一つは、坂田和子の実践記録。子どもの発する言葉の持っている意味を確認し合う。そう言えるのか言えないのか、この子ども同士、教師と子どものやりとりは、事実に関することもあるし、その判断・評価に関することもある。その判断がどの根拠からなぜそう判断することが妥当なのかを問う。言葉による騙しが横行する中で、この意識化の試みは興味深い。

 他にも興味深い論述が並ぶ。(2007.06.15)


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Magazine428:世界7月号

 岩波書店、743円と税金。

 「沖縄戦とは何だったのか」が特集。当然、高校教科書の検定問題を念頭に、石原昌家、高橋哲哉、目取真俊、仲里効、新城郁夫が執筆している。石原の講演を30代の頃に沖縄で聴いたことがある。そのころと骨のところで同じだなと読む。事実の問題として直視しろと言う自民党の議員もいると報道されているが、靖国史観の誤認している点を確認するにはコンパクト。高橋はいつも通り。

 そうした特集とは違って、なぜサルコジだったのかというコリン・コバヤシの短い文章はもう少しつっこんでくれるとよかったけど、フランス大統領選の結果の読み方として参照。

 もう一つの特集、河川行政についてはまったく知らない世界にひとしい私には参考になった。単元づくりでダム問題を扱っているグループがあるので伝えたい。

(2007.06.13)


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Magazine427:中等社会科の理論と実践

 二谷貞夫・和井田清司編、学文社、1900円と税金。

 中等社会科の課題と社会科の各領域の授業をどうつくるかの話しが総論。各論では、地理、歴史、公民の基本的な授業構想が4〜6本配列されている。テキストとして編まれているが、実践記録として読み取り可能なものもいくつかある。

 社会的な課題がどちらかと言えばマクロな問題に傾斜しているが、現代を見据えそれをグローバルな視野から捉え直せるように育てることが課題という方向には賛同。和井田の田中裕一による水俣病の授業づくりの紹介は、興味深い。田中の授業づくりを主題設定の鋭さ、授業構造の典型化、感動の思想化とまとめている。田中の授業とは異なる方向も多様にあるだろうが、1つの典型構造を描いていると思われた。

 他方、相沢の市民性を育てる地理教育という方向には賛同しつつも、範例学習という方向にはそれは無理ではないかと思っている。人はもっと状況基底的に考えるからだ。また、おそらくドイツの範例学習を想定してのことだろうが、それほど転移しないものだからだ。

 オーソドックスな授業づくりから、フィールドワークや討論的な学習の組み立て方、そもそも教材をどのように集めて、教材としていくかなど長年の教師の実践的な知恵がつまっている本と言えよう。(2007.06.09)


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Magazine426:現代の貧困

 岩田正美、筑摩書房、700円と税金。

 貧困をどう定義するかの歴史から始まりつつも、現代の貧困を見据えて書いている。とりわけ「ホームレス」という言葉と実態についての聞き取りを含んだデータが色々教えてくれる。本書の良いところは、貧困問題あるいはホームレスの問題が今は関係ないように見える人々の生活と関わっていることをつないでくれるところにある。例えば、生活保護世帯が高級乗用車に乗っていたなどと言う極一部事例からその予算を低減させようとする言説が、実は一般労働者の賃金の低下をもたらすことなどを示している。

 共感を持って読んだ。(2007,06,06)


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Magazine425:英文の読み方

 行方昭夫、岩波書店、740円と税金。

 昨今の会話重視の英語教育論に対して、読むことを基本に据えて、その読み方を概説した本。

 英語の4技能(聞き、話し、読み、書く)それぞれ重要としながらも、読むこととりわけ多読を土台に置きながら正確に読む事を進めた本だ。個別の技術を詳述した本ではない。

 その読み方は、いわゆる「国語」のある種の読みと共通しているように思われる。言語の教育だから変わらないのは当たり前と言えばそうだろうが、個人的にはもう少し違いの部分もあってのではないかという気もした。ともかく、会話重視派に対する議論の参考にはなる本。

(2007.06.03)


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