2007年9月3日 (月)
| Magazine453:現代思想8月号 |
青土社、1238円と税金。 今月も終わりだけど、今月の雑誌の中では久しぶりに良いできだったと思う。いわゆる東京裁判が特集で、これをめぐる誤解や言説を意識した座談会、これを研究している粟屋憲太郎らの論考も雑誌向きでかつ今を意識した書き方となっていた。ここでも、東京裁判が必ずしも勝者の裁判ではないこと、他方で裁かず済まされていること、例えば天皇などを明らかにしている。パル判事については本やテレビなどでこの夏にいくつか取り上げられているが、そこでも保守派が利用するような意味で発言したわけではないことも明らかにされていく。 (2007.08.30) |
| Magazine452:貧困と学力 |
岩川直樹・伊田広行編著、明石書店、2600円と税金。 未来への学力シリーズの8巻目。貧困といわゆる学力的低さは連動するとされてきた。しかし、他方で、富裕層が豊かであることによって、学びが豊かになっているかというと、必ずしもそうではないことを確認する。その上で、貧困概念の国際的展開を視野に、物質的な貧困と関係的貧困を車の両輪と位置づける。そして、日本の学力問題は、とりわけ関係的な視点を欠いていることを打ち出していく。 この岩川の基調に続いて、地域のケースワーカー・教師らの実情と取り組みが感動的に語られている。北九州市でなぜ餓死者が出たのかもよくわかる論述があったりする。 最後の伊田論文では、では何を柱とした学びを作っていくのかへの柱が試論的に並ぶ。こうした議論は大いに検討に値する。まだ十分に説得ではないところもあるように思われるが、大切な一冊が刊行されたと思う。(2007.08.28) |
| Magazine451:裁判員制度の正体 |
西野喜一、講談社、720円と税金。 2009年から始まることになっている裁判員制度の問題点について、元裁判官で現在法科大学院に勤務する著者の見解を述べた本。 問題点をたくさん並べているけれど、基本的には、裁判員に選ばれるとそれを必ずしも拒否できないことが、日本国憲法18条の「意に反する苦役に服せられない」という規定などに違反するということが一つ。もう一つは、素人の裁判員が参加することで裁判が公正に行われなくなるということを論じている。 確かに、この辞退を認めない(一部の理由については認められているが、原則辞退できない)規定については指摘の通りだと思う。また、裁判が迅速を理由に公正に行われない可能性についての指摘は首肯できる話しだと思う。 しかし、その理由の一部にはっきりと見える能力差別主義的思考には賛同できない感じがどうしても残る。問題は、専門家と一般市民の関係をどう考えるのかについてこの方の議論は、結局専門家に任せておけばいい、という主張となっている。任せた方がいいことも多いと思っているのだが、一般市民にはわからない・できないから任せるということでいいのかというと、違いそうだ。裁判に係わっても、一般市民でも指摘しているように、権力に弱いのが最高裁をはじめとした裁判所だった。違憲判決をほとんど出さずに行政の裁量の問題にしてきた歴史がある。専門家としての自律性に疑いがあるところで、専門家に任せろという議論だけでは説得力にとぼしいなと読んだ。(2007.08.24) |
| Magazine450:米原万里の「愛の法則」 |
集英社、660円と税金。 タイトルどおりの話しは1章だけで、残りは文化や言葉の翻訳や通訳の話しで面白い。人類には、「フル」ジョワジーと「フラレ」タリアートとがいるとかロシアンジョークの風味が聞いた文章が並ぶ。 私が一番興味深かったのは、4章もよかったけど、3章。理解と誤解の間に関するエッセー。例えば、強い意志を持って生きることを描いた「鋼鉄はいかに鍛えられたか」オストロフスキーの小説を引きあいに、本名ジュガビシリを「鋼鉄の人」という意味のスターリンに名前を変えた話が持ち出されて、それがあるとされたゴルバチョフが「鉄の女」と言われたサッチャーに気に入られた話しが出てくる。さらにその後下ネタまで続く。ともかく、鋼鉄とか鉄のイメージが相対化される。強い精神で生きるということがいかに嘘くさいかを実感する上でも良い本だと思う。(2007.08.21) |
| Magazine449:生活指導9月号 |
全生研編、明治図書、752円と税金。 今月の特集は、二学期の学級づくりの構想とアイデアが一つめ。二つめは、授業づくりのアイデア。第一特集では、夏休み明けという気分の転換と二学期への期待をどう高めるのか、その構想の基本と具体的アイデアがならぶ。忘れものチケットというアイデアの今関さんの文章が内容と共に一番良いと思う。 第二特集では、外国人労働者問題、空き地問題などからつくった学びの記録が並び、明治図書の雑誌の中では水準が高い。特集の中に入ってはいないけれど、向井さんのサザエさん一家の登場人物の好感度ランキングの記録も面白い。家族問題を考える設定としていいなあと思う。 上野千鶴子さんのエッセイみたいなものが入っているが、前半は発想も主張もダメだけど、後半の「女の子が男なみにダメになった」という筋は面白い。そこだけ○。 (2007.08.20) |
| Magazine448:手塚治虫「戦争漫画」傑作選 |
手塚治虫、祥伝社、750円と税金。 手塚が自身の戦争体験を土台にして描いた戦中・戦後の漫画を集めた本。その作品の多くが1970年代前半に執筆されている。勤労動員と空襲体験、絵を描くことと戦争、日本軍の占領地での虐殺、戦争と環境破壊、特高と脱走兵の物語を描いていている。人種差別などいろいろな視点がそこには織り込まれていると共に、物語として面白さも兼ね備えている。そして、戦争に加担するものへの批判の眼差しが一貫してあることも読み取れる。たぶん傑作選。 (2007.08.17) |
| Magazine447:こんなに役立つ数学入門 |
広田照幸・川西琢也編、筑摩書房、680円と税金。 高校数学がいろいろな社会の仕組みや自然の法則を解明することに使われているということを示しながら、「数学が何の役に立つのか?」という懐疑に対して、特定の階層にとっては役に立っていて必要だと言うことを示そうとした本。 例えば、生涯賃金を学歴別に計算するには三次方程式が必要だとか、温度変化に伴って変わる生物の成長と日数の計算には一次関数となるが、より正確な計算をするには三角関数の正弦曲線に近似した積分を使うなどという事例が並べられていく。 このように数学が社会の中で利用されていることは間違いない。しかし、問題は、そこにあるのではない。数学を学ぶにあたって、そうした利用のされ方と係わって学ばれていないということが一つだ。この点は、広田論文などに指摘されている。 しかし、さらに問題はそれだけではない。広田の言い方に従えば、「一般人」にそれが必要かということだ。広田以後の各研究者にとって、高校数学が必要だという説明はそれなりに理解できる。しかし、それは研究者だからだ。研究者にとって高校数学が不可欠だといったところで、それがみなに必要だということにはならない。これについて広田は、「科学的な知見を生産するのは研究者の役割ですが、個々バラバラな知見をトータルに評価して、最終的に『何をどうすべきなのか』を決めていくのは、市民一人ひとりの判断の総和(世論)だからです」「自然科学・社会科学の知見をきちんと吟味できる聡明な市民がある程度の厚みで存在しないといけないのです。」29ページ、という。 だが、ここでも問題は解決しない。広田は、「ある程度の厚み」と述べてその厚みについては回避している。例えば、田辺国昭の小選挙区制を基本的に気楽に賛美できてしまう議論を疑う知性が必要なわけだが、そのトリックを見破る知性が本当に必要なのは、情報操作の中で小選挙区制を支持するように踊らされた側ではなかったのか。これへの解答はまだなされていない。 (2007.08.09) |
| Magazine446:世界のシティズンシップ教育 |
嶺井明子編著、東信堂、2800円と税金。 この本の一番の特徴でもあり、その良さでもあるのは、アジアや旧ソ連のシティズンシップの教育状況が紹介されていることである。中国やインド、マレーシアなどのアジア、それにカザフスタンやロシアの状況が紹介されている。当然、北米やヨーロッパ、オセアニアといった定番の国も新たな動向を含めて紹介されている。 そして、その問題意識も、日本の昨今のナショナリズムを強調した教育動向が世界の動向と逆向きであることを危惧する見地から丹念に記そうとしている。 ただし、冒頭部分にも記してあるように、制度と理念が中心で、実際にどのようなシティズンシップの教育が行われているかという、その内容や実践状況については記していない。だから、日本も取り上げられているが、品川区の市民科の評価など私とは大きく異なるものとなったりもする。とはいえ、知りたい情報をいくつか提供してくれた。(2007.08.04) |
| Magazine445:沖縄密約 |
西山太吉、岩波書店、700円と税金。 日米の間にあった密約ーー沖縄返還に際して、米軍用地復元補償費400万ドル(12億円あまり)を米軍が払うこととされていたのに、実際は日本側が肩代わりするというものーーについて、毎日新聞記者であった西山氏がスクープした。これが密約漏洩に問われて有罪となったが、実際には、この密約が存在した証拠が明らかになったにもかかわらず、未だ密約の存在を認めていない諸問題について、その経過を含めて記した本。 アメリカの公文書館の資料でその存在が明らかになっているので、密約存在は疑いようがない。本書の独自性は、その当時の自民党関係者の派閥関係や対米姿勢に関する諸事情を勘案して、密約が生まれる事情を記した点にありそうだ。 ただ、残念なのは、その米側公文書や電信資料などを部分的にでも本書に入れておいてくれるとよかった。それがあると資料としても利用価値の高い本になったと思う。元新聞記者ということで、文章の書き方が新聞調。 (2007.08.01) |