2008年1月2日 (水)

Magazine492:ヒッチコック『裏窓』ミステリの・ 

 加藤幹郎、ヒッチコックの『裏窓ミステリの映画学、1300円と税金。

 この有名な映画では、中年夫婦の殺人を写真家とその恋人が確かめる話と理解されてるが、加藤は殺人はなかったのだという話をしている。その読み方がなかなか興味深い。

 結婚に踏み切れない写真家と恋人の今後が裏窓の奥の各部屋で起こっていると読んだり、殺人はなかったにも関わらず、皆が殺人が起こったと確信してしまうその構造にヒッチコックの新しさがあったことなどが興味深く語られる。ヒッチコックの主題は、外見と内実の不一致にあること、これを映画のそれまで常識を打ち破る形で作り出したことが示されていく。一読に値する本と言えよう。(2007.12.31)


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Magazine491:生活指導1月号 

 全生研編、明治図書、752円と税金。

 「子どもの自治的世界をひらく」が特集。

 子どもから自治的世界が奪いさられてからもう長い。自治は自分たちで築くものだが、自治世界の外側との関係が不可欠だ。だから、内と外を持たない自治世界は、本当は自治ではない。だから、昔からそうだったように、外との世界をつくりながら内の世界をつくる取り組みが、今はどこに可能だろうか、そういう眼差しで眺めてみると面白いかもしれない。

 冒頭の森さんの電車ごっこの世界が自閉的世界に見えながら、ごっこで外に向かうと自閉的世界で済まないトラブルを引き起こしていることがわかる。そこで必要なことがごっこにおける取り決めだ、という発見につきあう教師の活動。これが何を提起しているのか。いま、こうしたことから子どもの自治がはじまるということなのかもしれない。それは、ごっこという固定的とは言えないグループ活動のなかに見いだした指導領域ということなんだろうけど、さてなんだろう。

 ずっと頁を飛ばして、柏木さんの「心のノート」への批判的な学びの提起が軽いけど、こういうのは、視点の有り無しが大きい。

 第二特集は、京都の実践家を集めて特集にしている。これは、全生研の事情を知らないとその意味を理解できないかもしれないが、独自の活動を続けてきているが故の特集ということだろう。ただ、その独自性を鮮明にできたかどうかはゆっくり読まないとわからない。なお、滝鼻さんの折出批判論文はその意味が文章上は、よくわからない。だからなんだ、というのかわからない。(2007.12.27)


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Magazine490:PISA型読解力 

 田中孝一監修、中学校・高等学校PISA型「読解力」、明治書院、2000円と税金。

 今、こういうタイプの本が量産され始めた。中身のない詐欺まがいの本も散見されるようになった。そうした中で、この本を選択したのは、執筆者が国研関係者が多かったからだ。それが選択基準になるのは、PISA型なるもののプロジェクト関与し、B問題の作成に関与しているからだ。それが優れているかどうかではない。実践動向を探るためだ。

 中身は、PISA型の読解力の養成につながると信じた試みが並ぶ。作品の読みとりを詳細にしるしてないが、どんな課題をだすのか、問い方などの具体像を一例として見ておくには良いかもしれない。読解力の学年別目標をそれらしく表現しただけの文章もあるけれど、また、従来の実践とどこが変わっているのか全く不明の記録もあるけれど、教え込み型授業とは違ったアイデアもいくつか紹介されている。(2007.12.23)


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Magazine489:教育1月号 

 教科研編、国土社、667円と税金。

 今号は、教育実践研究2008、という特集で教育実践を中心に編まれている。読んでいて特に私の目を引いたのは、岡本恵子の「三つ又冒険遊び場たぬき山」の報告。文科省筋挙げて体験の重要さを語っているのだが、隔離された体験とは違う子どもとモノとの係わりを再考させる実践のような気がした。

 もう一つは、金子奨の「教室の転換と生徒・教師の変容」。ここには、かつて議論され机の配置をめぐるフーコー的な生権力的視角もありながら、それが対話へ引き継がれる。とりわけ生徒の語りを引き出すことで授業を展開していく構想が語られている点がなんといっても注目だ。この部分は、2008年かもしれない。(2007.12.20)


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Magazine488:世界1月号 

 岩波書店、743円と税金。

 ついに07年を終えて08年の雑誌を取り上げる時期となった。特集は、貧困、もう一つが南京事件。どちらも面白いメンバーが比較的並ぶ。まずは、貧困の方から挙げると、読んで面白かったというか、ワーキングプアという呼称と現象が1970年代にすでに江口英一によって提出されていたこと、そして、それがなぜ忘れさられたのかを問いとした後藤論文が参考になった。また、釜が崎の市民性についての遠藤比呂通論文も平易だし、説得的だ。

 南京事件は、狭い意味では、1937年12月13日の南京陥落からおよそ6週間に起こった日本軍による大虐殺を指す。これから70年。中国側研究者と日本側研究者の論文が載っている。中国側の二人の間に違いもある。さらに研究は続くものと思われるが、笠原の現在の研究状況についての論考が注目される。研究を発展させるために、傍観者とならないことや、右派が中国側の数字を批判する論理はすでに中国側においても超えていることを指摘している。

 私が、この号の中で一番注目することになったのは、批評の聞きという象徴的貧困というベルナール・スティグレールの記事だ。ここでは、過剰な情報の中で判断力が貧しくなり想像力が萎えてきていること、批評がなくなっていること、消費には実践がないことなどを語っている。この最後の部分が興味深い。複製テクノロジーが出現して実践知が失われたという部分だ。この二つの違いについての指摘は、記憶に留めおきたい内容だ。

(2007.12.14)


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Magazine487:江戸の教育力 

 高橋敏、筑摩書房、680円と税金。

 江戸時代後期の寺子屋で教えた人、学んだ人、学んだ内容やその方法について記した本。

 ところどころ興味深い資料や記述に出会った。一つは、現在の静岡県小山町の寺子屋の決まりの一覧。例えば、素読が終わったら線香が二本燃え尽きるまで復唱すべしみたいなこともあるけれど、その多くが礼儀に関する決まりとなっている。これに関して、高橋は、文字文化の習得が遊興に誘う可能性のあるものだったことと関係していると見ている。この眼差しは何だろうと思われた。

 寺子屋の師匠に関する記述にも面白い指摘があった。論語が常識の時代となって、その訓詁典的注釈に縛られずに、自分なりの解釈をする人々の登場という指摘がある。教師統制が厳しい今、そこからの逸脱が江戸期にすでにあったという風に捉えることもできる話と理解。

 また、親が子に説教をするのに論語の文言を必要とする時代が来たという指摘がある。(166頁)本文の文脈は、それほど浸透していたという趣旨のようだが、そういう意味ではなくて、それに依存せずに説教できない時代と読むこともできそうだ、などと読んだ。

(2007.12.12)


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 Magazine486:現代と教育74号

 地域民主教育全国交流研究会編、桐書房、1165円と税金。

 学力テスト「新時代」というのが特集テーマ。巻頭に佐藤隆の全国学テの問題に関する包括的論文があって、その非教育性を語る。その後に、兵庫の子どもたちの語る学テ、東京足立区、静岡、青森、北海道、滋賀でこの全国学テの前後で起こった学校と教育委員会の対応を中心に組合の担当者が執筆している。組合の担当者ということもあって、全国学テが実施される前の個人情報の取り扱いなどを巡って県の担当者とのやりとりが多く書かれている。子どもや教師の声がさらにもう少し記されていると、私の関心からするともっとよかった気がする。

 他に、中国の小学校訪問記がある。小学校における子どもたちの交流とは何だろうと考える。(2007.12.08)


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Magazine485:誰のための「教育再生」か 

 藤田英典編、岩波書店、700円と税金。

 小泉、安倍、福田と続く教育政策の中で、全国一斉学力テスト、教員免許更新制、厳罰主義、学校選択制、心の支配の六つについて、即刻やめるべきだという理由を包括的に力を込めて書いた新書。

 それぞれの議論に特別に新しい論点を見つけることはできなかったが、大多数の人が一致できるだろう理由をまとめて記しているので、初学者や学習会的なテキストとして読むには便利だと思う。(2007.12.06)


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Magazine484:論座11月号 

 朝日新聞社、743円と税金。

 何で今頃かというと、もらったから。安倍政権と福田政権の交代部分を読むことが第一特集だけど、どの文章もつまらない。第二特集が現代の連帯。浅尾大輔の文章が印象に残る。フリーターの労働裁判に具体的に係わっている強みだろうか。小熊英二の戦後日本の社会運動についての文章は、当たっているところを含みながら間違っていく。例えば、1970年代の転換を極左に流れた無党派層、というつかみ方をする。果たしてそうだったのか、きわめて怪しい。全体として見ると、それは少数だったのではないか。70年代を学生として生きていた側からすると、小熊の言うことは嘘として映る。あるいはまた、9条より職がないと若者に言われたら護憲派はなんと答えるのかといって終わっているが、9条しか見ない護憲派なんていない。幸福追求権や憲法27条などもあるというのを知らないはずはないのに、総合政策学部だっていうから、不思議。(2007.12.04)


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Magazine483:欲望する脳 

 茂木健一郎、集英社、700円と税金。

 毎週のテレビ番組に出演していて、温厚そうに見える発言をしているらしい。脳研究が本職で、その分野ではクオリアという概念を提出している。けど、その新しさは、認識の主観性の部分を感覚と認識を統合した形式で言っているだけにも見えて、その意義を私は理解していない。

 それはおくとして、氏の本職の部分はともかく、本職でない部分の論及はほとんどは常識論というか中庸論で、古すぎたり新しすぎる議論について行けないみたいに思ったりする人への安心理論を提供しているという印象だ。個別には、結びつけもしなかったことをつないだ話を提供している事柄もあるので、なんとなく集英社新書、という感じ。他者への関心という問題の立て方はいいと思う。(2007.12.01)


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