学習指導要領改訂作業中(あいち民研通信96号)

     

1 変わった学習指導要領の作り方

 学習指導要領の作られ方が変わりました。以前は、教育課程審議会があって、その答申を受けて、学習指導要領作成協力者会議が組織されて、そこが具体的な文言の検討をして告示されていました。今は、中央教育審議会の中に、初等中等教育分科会が置かれ、その中に教育課程部会が置かれて、ここが学習指導要領に関わる答申を出します。この部会の下位に各学校階梯と教科別専門部会が組織され、ここが実際に学習指導要領の文言づくりと検討を行うことになりました。以前は、その議論の内容は非公表でしたが、現在は部分的にですが専門部会の議論も公表されるようになっています。実際には、この専門部会のメンバーにさらに何人かが加わって学習指導要領は執筆されるのかもしれませんが、以前よりは議論が見えるようになりました。

 文科省のサイトで公表されている審議の概要を見ると、意見が対立しているもの、およそその部会の中では意見がまとまってきているものなどがあることがわかります。

 ともかく、上述した分科会と部会が今年の春から議論のスピードを上げています。理由は簡単です。今年の2月に教育課程部会審議経過報告をまとめられ、06年度中に学習指導要領の告示をすることがスケジュールとして決められたからです。以下では、そうした情報を基本的データとしてまもなく変わるはずの学習指導要領の改変動向について簡単に情報提供したいと思います。

2 どこが変わるのか

 安倍が自民党総裁になったので、教育についていっそう保守的な内容が持ち込まれる可能性があります。教育基本法の行方によっても影響を受けますし、教育再生審議会のようなものを立ち上げると安倍が言っているので、それとの関係で内容や告示時期が変動することも予想されます。だから、これは、9月20日現在の見通しということになります。変動か想定される事柄を以下に列挙しておきたいと思います。

 1)生きる力から人間力へ

 目標のスローガンが変わります。既に、中教審関連文書では人間力に変わっています。生きる力は「自ら・・・」というように新自由主義的な人間観が何と言っても前面に出ていました。これに対して「人間力」というのは2002年に文科省が使用してから広まりました。その後、経団連が04年に「21世紀を生き抜く次世代育成のための提言」で人間力の中身を次の三つにまとめています。「志と心」、「行動力」、「知力」の三つです。この中身は、生きる力論の自己責任よりは「責任感」が強調され、行動力がより具体化されてコミュニケーション力などが並び、柔軟さのある基礎学力あるいは専門性が並列させられて要求されています。より多面的な人間モデルが打ち出されています。実は、この方向は、OECDのデセコの方向と類似性を持っています。

 だから、ドリル的な意味の学力形成に文科省も財界も力点をおいてはいません。むしろ、90年代前後から盛んに強調してきた創造的な人材の育成に力点があると言ってもいいように思われます。これは、スローガンの単なる変更ではないことに注目しておく必要があります。

 2)総合学習と小学校英語の行方

 総合学習は時間数の削減がいくらか想定されますが、なくなりません。中学や高校で他の時間に使用している現実を厳しく統制する方向が議論されています。目標や内容を明確にしてそれをこれまでと違って評価をつける方向で議論が進んでいます。こうなるのは、先の「人間力」と関わってもいます。

 関連して小学校英語がそれなりに始まるのは確実ですが、今のところ議論は分かれていてここは政治の影響を受けて結論が変わる可能性があります。一番変更が少ないのは、総合学習の一部として、さらに国際教育の一部に留まる場合です。総合学習の枠内ということは確実ですが、英語教育を開始するという方向も有力です。いずれにしろ始まります。ここは問題山積となることは確実です。

 3)国語教育もしくは読解力の教育

 ここは意見が別れていてどっちへ向かうのかまだ決まっていません。一つは、文学作品の扱いです。この所文学作品の読解の時間が減少傾向にありましたが、やり方はともかくその取扱を増やすように主張する声がかなりあります。他方、コミュニケーション力などについても相変わらず強く要求されています。この辺りの全体のバランスがどこで着地するのかまだわかりません。しかし、それでも、確実に変化することがあります。それは、新学力観的なそれぞれ好きに読むような方向には否定的だということです。

 4)小学校低中学年の終業時間

 登下校の安全ということや学童保育との関連などもあって、小学校低学年の終業時間が遅くなる可能性があります。何をして遅くなるのかについては、国語や算数の時間数を増やすという議論もありますし、教科外活動的な中身を入れるという意見も出されており、はっきりしません。それでも学校の帰りが遅くなる可能性は高いと思われます。子どもの負担と教師の負担が危惧されますし、なにより、そこで行われる中身が問題となります。

 5)中学と高校問題。

 中学と高校では選択教科の時間数、高校では必修教科の改変があるかもしれません。中学教師の中では選択教科が総合学習とともにどちらかと言えば否定的評価を受けています。高校では道徳が必修としておかれる可能性がまだ残っています。復古主義と連動して日本史必修論も世情をにぎわしています。

 6)目標と内容表記

 一番変わるのは、この目標の表現の仕方かもしれません。学校評価とも関わって目標の記述の仕方をより明確なものにするといっています。その記され方によっては、教育実践をひどく拘束することになると思われます。不確定な要素がありますが、それだけに積極的な議論を展開して、いくらかでもましな方向への世論をつくっていく必要があります。