教育改革の中の新学習指導要領 子安 潤(愛知教育大学) 1 評価基準化する新学習指導要領 08年2月15日に公表された新学習指導要領案を検討する際には、個別に変化した所を細かく検討するまなざしと、近年の教育改革全体の動向の中に位置づけて検討するまなざしの二つが必要です。大きな枠組みから見たおおまかなことだけ言っていても、教育に直接携わる側からすると、実践の展望が見えません。他方、かといって細かな変化を我田引水的に解釈して右往左往しても、自身の教育活動を社会の中に位置づけて評価することができません。どうしても二つとも必要なのです。 この項では、教育改革全体の動向に位置づけて、新学習指導要領にはどんな役割が期待されているか、その新しさを述べます。 現在の教育改革は、国家が教育の計画から実施、評価、改革の各段階に直接乗り出していることが特徴です。いわゆるPDCAです。一つ一つ命令して管理するかつてのやり方は終わりました。それぞれの段階の特徴は次の所にあります。 まずP(計画)です。国家による計画は、改訂教基法にそって現在「教育振興基本計画」として中教審で検討されています。これが基の位置を占め、やがて国会で論議されます。 Dは実行・実践ですからここでは飛ばしますが、学習指導要領はここを強く規定します。 次はC(チェック)です。教師評価・学校評価あるいは教員免許更新制に見られるように、国家と各行政レベルで評価が、統制システムとして具体化されつつあります。このときの基準に「教育振興基本計画」と学習指導要領が広く利用されます。チェックされるのは教師ばかりでなく子どもも同じです。子どもに関する評価も学習指導要領が基準となって、それにしたがった統一基準の全国学力テストによってランク付けがはじまっています。ここでも、個別地域的基準ではなくて、全国的に一元的な評価基準でランク付けされることになりました。 最後のA=「改善」策はいろいろですが、資金と人の増員なしが基本となっています。ただし、大量の報告書づくりだけはついて回るようになりました。 計画(目標・内容)、実施、評価、改善というPDCAサイクルのPの中の教育目標や教育内容にあたる部分が、学習指導要領です。これが基準となって、実践=Dが規定され、教師の教え具合と子どもの習得具合が評価されるわけです。 全国的一元的な統制は今までも行われていましたが、今回は違うことも見えてきたと思います。今まで学習指導要領は、教師の教育実践を統制する機能が主要な側面でした。従っていれば同時によい評価であったわけです。しかし、今回からは統制に従っていても評価から免れることができないようになりました。教師、学校、子ども全体を包括的に評価するその基準としての位置を占めることに制度化されたわけです。ですから、これまでよりも重要な文書となりました。その上、記述は従来よりも細かくなりましたから、その基準の拘束性はより強まったと考える必要がありそうです。だから従来以上に真剣に検討して、実践の生き残り戦略を考える必要があります。
2 改訂案の三つの特質 今度は何が変わったのか、もう少し具体的に確認しておきたいと思います。 今回の改訂では、「知識基盤社会」の時代という社会論を採用しました。この言葉は経営学の言葉で、知識の所有と活用が企業存続・更新の要と考えてイノベーションを図るように鼓舞する議論です。これを持ち出すことで、「生きる力」というこれまでの理念を継承していることが改訂の第一のポイントです。 二つ目のポイントは、改訂教育基本法等で新たに規定された公共の精神、伝統や文化の尊重、道徳教育、体験活動等が強く打ち出された点にあります。言葉は従来からありますが、改訂教基法の思想が色濃く入り込んでいると押さえる必要があります。具体的には、国語科の小学校段階からの古典、社会科での歴史学習、音楽科での唱歌・和楽器、美術科での日本美術、保健体育科での武道です。ナショナリズムを煽るためのようです。それぞれが本当に伝統文化かどうか怪しいのですが、信じる者は頑なです。 三つ目のポイントは、新学力観における支援の指導論を、「ゆとり」か「詰め込み」かではなく、「知識・技能の習得とこれらの活用を車の両輪」へと修正したことです。すでに、詰め込みの指導論に学校現場はカジを切っていますが、基礎・基本の一定部分については詰め込みを容認し、他方でそれだけではダメで「活用」が重要なのだと言いだしたわけです。この指導論に関わっては、次のフレーズが何度も繰り返し登場します。「各教科において、基礎的・基本的な知識・技能の習得を重視した上で、観察・実験やレポートの作成、論述など知識・技能を活用する学習活動を充実し、思考力・判断力・表現力等を育成します。」これに関わる実践が今トレンドになりつつあります。注意が必要な部分です。 この二元論的指導論は、矛盾を抱えていますが、その実践形態には特に注意が必要です。不思議な「活用」実践が登場するのではないかと危惧されるからです。さらにまた、活用は成績上位者に限定される可能性もあります。
3 危惧される内容的な変更点 その第一は、言語能力の重視、理数教育重視、なんのことはない、国語、算数、理科、英語重視ということです。世間で言う「主要」教科重視ということです。だから国語、社会、算数・数学、理科、外国語の授業時数が増加しました。社会が増加になっているのは、愛国心と関連深い知識を教えるためです。小学校英語は、書き言葉をはずしたりするなど、中途半端にはじまろうとしています。 第二は、勤労観・職業観を育てるためのキャリア教育などを通じて、学習意欲を向上させ、学習習慣を確立させるという点です。キャリア教育が意欲の向上策に手段化されています。意欲だけを取り立てて育てることなんてできない相談です。学習の習慣化は学習意欲の低下を意味する疑いが強いのですが、気づいている人は少ないようです。 第三は、道徳教育の強化です。道徳教育推進教師という名の担当者を置いて全教師が道徳教育を展開するように仕向けるとしています。すでに道徳担当が置かれている現実があるので重要な点は、「先人の生き方、自然、伝統と文化、スポーツなど、児童生徒が感動を覚える教材を活用する」としている点です。知性ではなくて、感動を動員するやり方は、大変危険です。修身や国史などで嘘の話によってナショナリズムを鼓舞したそのやり方を復活させるつもりかもしれません。 今後、3月に官報告示され、09年度から移行措置がはじまり、11年度から小学校、12年度から中学校が全面実施となります。学習指導要領の記述に関する批判と共に、他方では実践の内実において学習指導要領をつくりかえることが期待されています。 (あいち民研通信105号 2008.3.21付け) |