教師の教養
    Common Cultur for Teacher

                   子安 潤 学校教育講座
                   JUN Koyasu

要約
 教師の教養はしばしば、教職への情熱、教科内容への精通、教育方法の熟達と考えられてきた。また、その目的は、国家の目的に合致すべきものと考えられてきた。しかし、教師の教養は、知識の所有にあるのではなくて、自立的判断主体として教育内容と方法を選択創造するところにあり、政治的判断主体として教育の企画・立案・遂行に参加するところにある。また、教師は、国家権力からの相対的自立できてこそ教師に固有な教養が成立すると論じた。(キーワード:教養、国家、自立)


1 教養の二つの性格
 教養という言葉は、知識の所有ではなくて、その関心の向かい方やその働き方を指す言葉である。その上で、社会的には次の二通りに使われてきた言葉である。
 一つは、特定の階級や階層の内部において、共通に保持されるべき知識や技術ならびに価値観の総体を意味するものとして使用されてきた。例えば、古くは、貴族の教養だとかジェントルマンとしての教養という意味で使われてきた。そこでは、一つの集団や一つの共同体の内部と外部を区分する基準という意味が、教養の主要な役割であった。だから、教養という言葉は、それを持つかどうかで内部と外部に線引きし、持たざる側を差別したり差異化するための手段であったのである。教養とは、そういう側面を持っているのである。
 もう一つの意味は、異なる者同士をつなぐために使用されてきた。異なる者同士が対話し、共生していくために、共々に必要な教養をつくり出す営みとしてそれらはあった。階級や階層を越えて共通に保持することが期待される知識や技術や価値観を教養と呼ぼうとしてきたのである。もちろん、その試みは未だ完成してはいない。しばしば、マジョリティの信念に基づいて、教養が策定されることが多かったからである。しかしながら、多様な人々がつながり合うための知識やつながり合うための試みを教養という言葉に込めようとしてきた歴史も確かに存在している。
 以上のような教養についての把握は、戸坂潤の教養論(『戸坂潤著作集第四巻』勁草書房、1967年)、勝田守一の教養論(『能力と発達と学習』国土社、1964年)に依拠したものであって、教育学研究においては特異な把握ではない。二人がほぼ共通に教養の差別的性格を批判していたように、本稿においても、二つ目の意味で教養という言葉を使用していく。すなわち、教師の教養というとき、それは、様々な学校種の教師に共通な専門職性という意味で使用する。また、それは、教師が子どもをはじめとした教師以外の人々とつながるための知や技という意味でも使用することにしたい。

2 今「教師の教養」が問われる事情
ところで、今、「教師の教養」という言い方が問われる理由は、以下に述べるような諸状況があるからである。
 一つは、教育職員免許法の改定のための論議が中央教育審議会の初等中等教育分科会教員養成部会で行われており、改定案策定の大詰めをむかえているということがある。本稿が刊行される頃には、おそらく原案が確定していることであろう。1998年に改訂されたばかりの教育職員免許法が、その基準に沿って履修している学生が卒業する前から改定される予定という異例な状況にあるのである。教育職員免許法の改定は教師教育に関わる者にとって大学における教師養成カリキュラムに直結するために重大な関心事とならざるを得ない。だがそれだけではなくて、免許法に関わる論議を見ることは、「教師の教養」を政策担当者がどのように考えているかを判断する重要な素材として注目されるわけである。
 二つには、前述の中教審の議論にも見られるが、教師の専門性に深く関わる教師の研修制度や教師管理に関わる政策がこのところ次々と打ち出され実施されてきている状況があることである。そうした中、教師の間で、従来の教師像からの脱皮がしばしば呪文のように語られるようになっている事実がある。教育政策としては例えば、不適格教員をめぐる法整備、大学院における教師の研修制度、各地の教育委員会と教育系大学・学部との関係に関する報告、教師の評価をめぐる問題などである。以上のような政策の論議において、教育への情熱が強調されることもあれば、教科に関わる知識量の多さが重視されることもある。はたまた、教える技術的側面が強調されることもある。個別に見れば、確かに、従来から指摘されることのあった専門性論のように見えるが、個性的な実践的指導力や教育計画を構想する創造力という目的が掲げられ、その実現に向けた競争構造が作り出されてきているのである。特色ある学校づくりという競争構造があるために、従来の教師像からの脱皮がセリフとしては語られるようになったのである。そこに、かつてとは異なる傾向を見て取ることができる。そうした教師の専門性に関わる今日的傾向を明らかにすると共に、それらの批判検討が求められているのが今なのである。
 三つには、教師自身の学力問題が取りざたされる状況が生まれていることにある。大学生の「学力低下」問題に始まった一部の人々のキャンペーン(その主要な担い手は、財界と一部の自然科学者と経済学者たちである)は、いつの間にか小中学生や高校生の「学力低下」を嘆き統制主義的学習を求める議論へと拡大してきている。そうした「学力低下」キャンペーンの一つとして、教師の「学力低下」論が指摘されるという事態が生まれている。この論議は、教師の養成・採用・研修の問題と関わるばかりでなく、教師の専門性とは何かを問いかけることとなっている。
 以上のような状況があることを考慮して、教師の専門性についての若干の見方を比較検討しながら、教師の教養がどのように考えられているのかを今日的特質として管見してみたい。そこでは、「教師の役割と地位に関するユネスコ勧告」、1998年の教育職員免許法改定を準備させた「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について(教育職員養成審議会・第1次答申)」、最近の中教審における論議に見られる教師の専門性に関する言説にも論及してみたい。それぞれを検討しながら、教師の共通教養としての専門性について考察をしてみたい。
 次に、それぞれの今日的傾向の抱える問題を指摘しつつ、教師という存在の権力性とそこから解放される可能性についての議論をしてみたいと思う。

3 教師の専門性に関する国際的動向
 教師教育に関して一部には政策担当者のエピゴーネンにすぎない文書も散見される中で、まずは国際的には教師の専門性がどのように考えられているのかを見ておこう。この点で最も重要な文書は、ILO・ユネスコの「教員の地位に関する勧告」(1966年)である。(以下引用は、『解説教育六法1991年版』三省堂による。)
「教育の仕事は専門職とみなされるべきである。この職業は厳しい、継続的な研究を経て獲得され、維持される専門的知識および特別な技術を教員に要求する公共的業務の一種である。また、責任をもたされた生徒の教育および福祉に対して、個人的および共同の責任感を要求するものである。」
 この勧告は、教育職を専門職と押さえ、その根拠を生徒の教育と福祉に責任を負った公共的職務と位置づけ、その職務の遂行に当たっては専門的知識と技術に裏打ちされたものでなければならないという点に置いている。そして、その専門職性に関わっては以下のように述べている。
 「教育職は専門職としての職務の遂行にあたって学問上の自由を享受すべきである。教員は生徒に最も適した教材および方法を判断するための格別の資格を認められたものであるから、承認された計画の枠内で、教育当局の援助をうけて教材の選択と採用、教科書の選択、教育方法の適用などについて不可欠な役割を与えられるべきである。」
 教師に学問上の自由を認めた上で、子どもに適した教材や教科書の選択・採用の権限と判断力を専門職性として求めている。また、教育方法についても同様である。その他の項目にも「課外活動への参加の用意」など専門職の内実に関わる論及と読むことができる文言があるが、中心は教材や教科書ならびに教育方法に関する専門的知見に置かれていることがわかる。
 とりわけ重要なことは、個々の教師に学問上の自由を積極的に承認し、一定の枠組みの中ではあるが、自立的判断主体たることを教師に求めている点が注目される。与えられた教科書を何の判断もなく消化させられることが常態化している日本の現状は、この勧告の見地からするといかにも異様な状況といわざるを得ない。ともあれ、この勧告においては、教師の専門職性が教師の自立性や学問の自由と関わって語られていることに注目しておきたい。
 上記勧告から30年後の1996年には、ユネスコ第45回国際教育会議において「教師の役割と地位に関する勧告」が採択された。(以下引用は、基本的に、『教育』1997年4月号、国土社に所収された訳によるが、一部訂正してある。)この新勧告は、グローバル化とコミュニケーション・メディアの浸透のもとで、現代世界が深刻な社会統合の問題に直面しているという状況認識に基づいて教師の役割を次のごとく提起する。
 「教師は、教育し、教授し、指導し、評価するとともに、自らの自己開発能力を伸ばし、学校の現代化と変化への積極的な対応と、変化を受容する学校づくりに参加することが期待される。教師は学習を援助するだけでなく、市民性の育成と社会への積極的な統合を促進し、好奇心、批判的思考と創造性、自発性と自己決定能力とを発達させなければならない。教師の役割はますます、集団における学習の援助者(ファシリテーター)という役割となるだろう。さらに、他の情報を提供する機関や社会化機関が果たす役割が増大するなかで、教師は、道徳的、教育的指導の役割を果たし、学習者がこの大量の情報と様々な価値観のなかで、自分の位置を確かめられるようにすることが期待される。共通の教育目標に向かって、様々なパートナーによって供せられる教育活動のまとめ役として機能することを通して、現代の教師は、コミュニティにおける変革の効果的な担い手となるだろう。」
 長い引用となったが、勧告における教師の役割は、教育活動、研修と変化への積極的対応、学校づくりへの参加の三つに求められている。この三つの役割を遂行するなかで教師の専門性が以下のように発揮されることを求めている。その部分にこそ、ユネスコ勧告における専門性把握の特質が現れている。
 一つは、教育を単に知識の伝達で終えるのではなく、市民性や社会性を育てながら、批判的で創造的な学びを組織する力量を期待していることである。これを勧告は、学習の援助者(ファシリテーター)と呼んでいる。
 二つには、生徒が生徒の位置を確かめられるようにする「教育的な指導」を求めている。この規定は、教師自身が生徒の基準となることではなくて、ガイドとなるという点に特質がある。教師が生徒の基準となって特定の価値観を押しつけたりすることではなくて、子ども自身がどこにいるのか「確かめられるようにする」と述べていることに注意する必要がある。
三つには、教師にコミュニティにおける政治的決定への参加を求めていることである。学校外の諸機関との連絡調整、自己の研修プログラムの決定への参加など、地域の中で子どもを全体として育てていく際の一員としての役割が期待されているわけである。地域の一員となるということは、教師を政治的に決定され済み教育政策の下請け的な遂行者として位置づけることではなく、政治的決定に参加する一員と位置づけていくことなのである。
 さらに、勧告は、以上の役割と専門性を発揮できるようにするために、教員養成段階から重視すべき点を三つあげている。そこにも専門職としての教師の教養のありようが推量される。その一つは、教えるべき内容とその教授・学習方法への精通つまり実践的教育学的熟達。二つには、専門的資質を更新し続けるために教育の実験的試みに積極的に参加すること。三つには、対話と共生による問題解決の力、文化的多様性への考慮、環境問題などの自然の尊重などといったスキルを高めることが上げられている。
 以上のような教師の役割、専門性、そしてスキルとして提起された視点から読みとれることは、教師が(1)教育や現代社会の諸問題に対して、(2)多様な人々との対話・交流のなかで、(3)現実の改革に参加する力量を高めることが格別に強調されていることである。また、子どもの教育に対しては、活動的で批判的な学びを組織できるようにすることが強調されていることもわかるであろう。
 ユネスコの二つの文書を通じて国際的な動向を見てきたわけであるが、後に見る日本の動向との比較において顕著な違いは、第一に、教師の自立性や自由の積極的承認にある。第二に、国家の下僕としての教師ではなく、その市民的・公共的性格の強調である。もちろんユネスコ文書においても国家の教育への介入を想定した記述が各所に見られるのであるが、その基調は教師の国家からの相対的自立性にある。このことを確認しておきたい。

4 1997年の教養審答申における専門職論
 教育課程が2002年度より変わることが決まって、教育職員養成審議会は1997年に第1次答申を提出し、教育職員免許法が翌年改定された。それにともなって、教育職員免許法施行規則が改定された。これによって、教員免許を取得する学生の履修内容が変化した。この変更時には、教師の専門職性はどう考えられていたのかを管見しておこう。なお、この改定は、極最近のことでもあり、しばしば紹介されているので、基本的特徴を簡潔に列挙することにとどめ、そこに含まれている教師の教養論の問題性を指摘する。最後に、現在の中教審の初等教育部会議論についても、公開されている情報の範囲内ではあるが、言及してみたい。
免許法の最大の変化は、教員免許取得のために履修する単位の取り方において、中学・高校免許を中心として教科専門科目が半減し、代わって教職専門科目や教科教育科目が増大したことである。この理由は、およそ、不登校の増大、授業の不成立、さらには暴力の蔓延といった荒れる学校に対応するためと説明されることが多かった。また、知のありようにおいても体験的・問題解決的学習によって、総合的な知の養成が必要であり、そこから創造性も生まれるだろうという趣旨の説明となることがこの議論の時期には多かった。以下、教育職員養成審議会・第1次答申に即して、このときにはどのような専門職性が期待されていたのかを見ておこう。
「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について(教育職員養成審議会・第1次答申)」と題された、この文書において、教師の資質は大きく二つに分けられている。
 その一つは、いつの時代も教員に求められる資質能力として「専門的職業である『教職』に対する愛着、誇り、一体感に支えられた知識、技能等の総体」をあげている。ある種の常識に依拠しているように見せることで疑問を抱かせないためか、それらがなぜいつの時代にも求められる資質能力であるのかについての説明はない。
 二つには、今後特に教員に求められる具体的資質能力として「変化の激しい時代にあって、子どもたちに[生きる力]を育む教育を授けることが期待される。」と言う。より具体的には、「地球や人類の在り方を自ら考えるとともに、培った幅広い視野を教育活動に積極的に生かすことが求められる。さらに、教員という職業自体が社会的に特に高い人格・識見を求められる性質のものであることから、教員は変化の時代を生きる社会人に必要な資質能力をも十分に兼ね備えていなければならず、これらを前提に、当然のこととして、教職に直接関わる多様な資質能力を有することが必要と考える」と3つに分け、以下に列挙する資質を具体例として示した。それは、@国家観や人間観についての理解など地球的視野に立って行動するための資質能力、A創造力や社会性などの変化の時代を生きる社会人に求められる資質能力、B子ども理解や教科指導・生徒指導の知識など教員の職務から必然的に求められる資質能力、の三つである。
 さらに、以上の三つについて「全教員に共通に求められる基礎的・基本的な資質能力を確保するとともに、さらに積極的に各人の得意分野づくりや個性の伸長を図ることが大切である。」とし、得意分野を持つ個性豊かな教員であり、かつ「生涯にわたり資質能力の向上を図る」教員たることを求めていた。
 この答申には、「地球的視野に立って行動するための資質能力」があげられており、ユネスコの勧告と共通するように見える部分がある。また、単なる詰め込みではなく創造力の養成を期待するなど、この点でもユネスコ勧告と共通する部分を確かに持っている。(共通点についての考察は、住野好久、「新しい教師への道を拓く」『教職講座4教育の方法』ミネルヴァ書房、2001年、参照。)
 しかし、共通しているようで本質的に異なると思われる内容を胚胎させてもいるのがこのときの答申でもある。それは、「地球的視野」といってもかなり偏った日本という国家観、日本人という人間観を前提にしており、それらを地球のなかに位置づけていくことを予定していると言わねばならない。詳細なあとづけをする時間的余裕はないが、この時期の教育課程審議会や中教審の一連の答申と関連させて見るならば、そのことは明らかなのである。そうだとすれば、地球的視野とは、日本の側から地球を眺めるような視野に限定されていたと言わねばならないのである。この点においてユネスコ勧告とは違いを持っていると判断される。
 さらに、創造力の養成や批判的思考の養成という従来とは違う視点も打ち出されているが、学習指導要領や教科書に取り上げられた内容を前提にした活動的学びという枠組みがそこにはある。その証拠の一例は、例えば教免法の科目の内容に関する指定に関して、教育職員免許法施行規則の別表のなかで、小学校・中学校および高等学校の学習指導要領に掲げる事項に即し、包括的な内容を含むものでなければならないと規定していたことがあげられる(詳細については、浪本勝年、「教師教育制度の改革」、『講座現代教育法2子ども・学校と教育法』三省堂、2001年、参照。)。これは、日本の教育統制のシステム全体の一部にすぎないが、中央からの統制と、下からの「自発的追従構造」をみたときには、定められた範囲内での創造性や批判的思考に限られていると判断せざるを得ない。こうした枠付けは、創造性や批判的思考なるものの実質を疑わせるものである。だからこそ、教育実践的にはその枠組みを打ち破る試みが求められている訳である。まして、明文規定がないだけでなく、学習指導要領を最低基準と言い出している今日においては、この枠組みを越えていく可能性はいっそう広がっている。
 さらに、教師も社会人とはいうが、教育改革への参加、自主的判断主体としての教師という視点については論及されていない。これらの諸点に課題を抱えていたというべきであろう。
 次に、現在進行中の初等中等教育分科会教員養成部会の論議にも触れておこう。
この部会での検討課題は、教員免許状を学校種を越えて総合化・弾力化するかどうか、教員免許の更新制の検討、教師の研修の在り方の三つが中心である。このうち教員免許の更新制については、棚上げされる方向の議論となっている。教員免許の総合化と研修の問題は、最終案が公表されていないために確定的な判断はできないが、審議の概要を読む限りで判断される問題について若干の指摘を行っておきたい。(論議については以下のURLを参照のこと。http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/index.htm)
 本稿のテーマととりわけ関連するのは、免許の総合化・弾力の議論である。総合化・弾力化とは、学校階梯ごとの教員免許を教科ごとの免許と組み合わせる可能性を探るものである。要するに、中学や高校の理科教師も小学校で理科を教えることができるようにするかどうかを検討しているわけである。
 この議論が登場してくる背景には、いくつかの理由がある。理数系科目と英語教育重視の動向が総合化や弾力化の根底にある。だがそればかりでなく、一般学部における教員免許取得の仕組みや教員採用と教員の人事配置の仕組みの実状から、改定を期待するという外的な理由などもある。しかし、その最大の理由は学力低下論への対応にある。第一回の会議から、その主要な発言が学力低下に関わる議論となっていることからも明らかなのである。この影響を受けて、知識を教えることに長けた教師という側面を強調する動向が支配的となってきている。そこでは、免許を総合化し弾力化することによって創造力の養成が可能となるとみなしているわけである。特定の内容に精通した教師が、それを教えることに精通するはずだという方向の議論に傾斜してきているのである。この点では、内容と方法への精通をいかに統一的に実現するかの方針が明確化されていないために、これ以上の論及は控えるが、二つを統一するという視点を持つことと、教師の自立性や実験的教育を励ます仕組みと連動させることを含む提案とならない限り成功しないであろう。また、専門職としての教師、教職への誇りということをこうした答申などではしばしば強調するが、具体的政策においては、失業対策として臨時雇用を打ち出すなど、およそ具体策においては重視されているとは言えない状況がある。この状況を変える政策と一体化した言説でない限り、教師の教養や専門職性を語る人々の言説は真実とは言えない。

5 教師の教養の可能性
以上見てきたように、教師の専門職としての教養の位置づけの差異は、日本が国家の枠組みを前提にする傾向があることに対して、ユネスコ勧告は国家の枠組みを否定するものではないが市民性や社会的公共性を強調する点にある。こうした差は、教育が国民国家の手段とされた歴史、私事としての教育の公共化という歴史の差など原因がいくつか考えられる。だが、こうした差にも関わらず、国家からの相対的自立を内包させた教育と教師という方向を追究する必要がある。なぜなら、国家への従属が悲劇を生んだという歴史を持つのは日本そのものであった。それだけではなくて、国家権力の一部としての教育や権力の担い手としての教師という状況を越えていかない限り、グローバル化し、多文化化する社会の中で異なる人々とつながる教育は生まれないからである。さもないと国民国家の内と外に線引きをした教育、マジョリティ文化の基準に沿った内と外の教育活動とならざるをえず、冒頭に記した方向の教養とならないからである。
 それにしても、教育は国家に深く取り込まれ、相対化など不可能なように見える状況がある。しかし、教育は、それを受けるものの合意を取り付けることなしに成立しないという本性を持っており、不完全ではあっても対話と自治のシステムを持たざるをえない。世界そのものが、国家という基準によってはそのすべてが割り切れない世界であるように、教育という国家にそもそも近いところにあり続けてきたものでさえ、相対的自立の可能性を持たざるを得ない。教育の自治を確立しようとする高知や学校づくりの動向は、そのことを例証してもいる。そうだとすれば、自立の可能性が皆無というわけではない。
 しかし、それでもなお、個々の教師が権力の手先だけではない存在となり得るかどうかは、困難な問題である。しかしながら、そこからの自立性・自律性を保持しえてこそ、教師は、知識人としての教養を持つことになる。そうでないならば、敢えて教師の教養と言う必要はなく、教師免許の保有イコール教養としてすますことができるからである。
 この点で、好むと好まざるとに関わらず、国家の担い手であると同時に、それに包摂されきるのではない教師という存在可能性について論及して結語としたい。
 かつて竹内常一は、森鴎外の「高瀬舟」の読みをめぐって、足を知るとか、安楽死の物語として教えられている教育現実に対して、「権力のガス抜き装置」として読む批判的学び方に論及したことがある(竹内常一『教育を変える』桜井書店、2000年他)。「高瀬舟」は、同心庄兵衛が罪人喜助の話を聞きながら、それがはたして罪となるのかお上に聞いてみようとふと思うという話しで終わる。この点に関わって、竹内は、同心は権力の手先でありながら、庶民と交わる最先端にいて、絶えず庶民の世界に引きずり込まれそうになる存在であるという。そして、同心と教師はよく似ているというのである。教師も権力の手先の位置にいて、庶民たる子どもと出会いながら、その世界のものの感じ方・見方にたえず引きずり込まれそうになる位置にいるというわけである。
 この指摘を私なりに続けるならば、一つは、教育や教師というものが二つの世界の接点において成立し存在しているという自覚があれば、逆に国家からの自立の可能性が生まれることである。一方的に支配される世界だけが存在するのではなく、見方の異なる世界が認知されることになるからである。こうした自覚は、教師の教えが一方では子どもの可能性を拡大する行為であるように見えながら、他方では犯罪的行為でもあるという見方を教師の中に生む。こうした問い返しなしに教師は子ども・青年の前にたつことはできない。
 ということは、二つには、そのとき少なくとも、庶民たる子どもの世界のものの見方・感じ方の側から世界を捉えて見るという試みさえすれば、世界全体が捉え返される可能性が生まれるということである。多様な文化世界との共生を目指す限り、自他の文化を捉え返さなければならない位置に教師はいることになる。ここに教師の国家からの相対的自立の可能性が生まれると言えよう。こうした世界の見方、教育の見方が拓かれる所に、そこには教師の教養の新たな方向が誕生するのではないだろうか。
 例えば今、大学も含めて、教員にも学生にも目標管理的手法と制度が一方的に持ち込まれようとしているが、その目標の批判的審問を行ってみるならば、その問題性が浮かび上がってきはしないだろうか。すなわち、ひたすら学力をつけるべきだという大学における言説は、講義の内容であるとともに、大学の講義のありようともされてきているが、その「学力」なるものの内実が庶民の生活や未来と無縁であることを暴き出し、子どものための教員養成であったはずのものがそれとは対極に位置することになる現実を映し出すであろう。 以上述べたかったことは、合理主義的な国家の教育の視点からばかりではなく、マイノリティの視点からその目標を捉え返した時、普遍的に見えた目標の政治性が見えてくるのではないかということである。ささやかな試みも含めて自前の公共的世界を創ろうとする営みのなかに、教養は機能し、つくりかえられていくのである。宣伝や啓蒙そして強制を求める側に教養は働かない。逆に、教師の仕事に教養が働いているとき、そこには自律性と批判的創造性、政治的自覚と判断力がそこにあるのではないだろうか。(2002年)
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